おまけ:太田昌国『チェ・ゲバラプレイバック』は、ビリーバー本ながら率直で好感は持てる

この本は変な本ではある。現代企画室を主宰しの編集長を務め、チェ・ゲバラ関連の本をたくさん出してきた太田昌国が、基本的にはゲバララブを貫徹しつつも、擁護しきれず変な妄想に走っているという本だ。

その意味で、特筆する必要はないし、またぜひとも読みなさい、という本でもない。当然ながらというべきか、立場もぼくとはかなりちがう。ぼくはこれまでの紹介からもわかる通り、チェ・ゲバラを決して高く評価しているわけではない。それに対して、この太田昌国は、やたらに評価している。彼にとってキューバは、北米帝国主義による南米弾圧・収奪・簒奪をはねのけた希望の星だ。

だから本書を読んでいると、こいつ何いってんだ (失笑) みたいなところはたくさんある。その最たるものが、この人は左翼リベラル系にありがちな、社会主義=リベラル=平和主義=人道主義=憲法9条バンザイ等々、という妄想を本当に大真面目に信じているという点だ。だから彼にとって、正しい社会主義は軍隊を持たないはずなのだ。よって、キューバ革命が軍事革命で、その後のキューバも軍隊に大きく頼っているということが彼には許せなかったり、信じられなかったり、どうしても北アメリカの悪辣な侵略に対抗するためには仕方なかったのかも、とかいう弁明に走ってみたりする。

だから太田は本書で、チェ・ゲバラやカストロがキューバ軍を解体できなかっただろうか、という妄想をやたらに展開する。ゲバラたちは、南米にベトナムを2つも3つも作れといっていて、ゲリラ戦の武力闘争しか能がなくて、つまりはもっと戦争しろ、という話だ。でも太田はそれを見ようとしない。ゲバラはヒューマニストにちがいない、人道主義にちがいない、だから軍事が本当は嫌いだったにちがいないという思いこみを突っ走らせる。そして挙げ句に、カストロがいきなりキューバ軍の解体を唱えました、なんていう架空の宣言を妄想してそれを本気で載せている。

その他、内容的にはケチのつけどころはいくらでもある。が、その一方で、冒頭の陣野俊史による(ぬるい)インタビューで、太田はぼくと同じーーいや多くの人と同じーー疑問を率直に述べている。つまり、ゲバラはなんでゲバラになったのか、という話だ。二回の南米旅行で悲惨な状況を見て、それで革命に身を投じましたというのは、あまりに説得力がないというのは、彼ですら感じているのだ。

これまでのゲバラ伝のレビューで、ぼくもゲバラの思想成立過程みたいなものはかなり気にしていた。旅行先でちょっと悲惨を目にしただけで、いきなり革命家になったりしないよねえ、と。それに対して、いやそういうこともある、わからんやつはわからん、というコメントがどっかにあった。

もちろん、そういうことだってあるだろう。宮殿を出てじいさんや死体を見ただけで、地位も家族も捨てたゴータマくんなんかの例もある。落ちてきたリンゴや風呂からあふれた水や木漏れ日で、ふと何か回路がつながってしまい「ユリイカ!」となることはある。でも、そうした話のツボは、そうしたつまらない出来事が、その人のそれまでの思索や経歴における空白をどのようにつないだか、というところにある。たぶん多くの場合、その空白やつながるのを待っている回路は、そんなに明らかなものではないんだろう。でも……なんかしらんがそうなったんだから文句言うな、では多くの人は不満なのだ。それはこのぼくであれ、そしてビリーバーたる太田昌国であれ。

一大ビリーバーをもってしてすら、ゲバラがいかにしてゲバラになったか、という部分には納得のいかないものを感じている、というのがわかる点で、ぼくにとって本書はちょっとおもしろかった。そしてそうした不明点を変な妄想と信仰で抑え込まず、わからないところとして書いてしまえるのは、この人のストレートで正直な点が非常によく出ていて、嫌味でなく感心した。出版社として現代企画室は、カブレラ=インファンテ『TTT』やドノソ『別荘』などいろいろ出してくれている、非常にありがたいところでもある。

あと、ゲバラ本をいくつか出してきただけあって、そうした本の版権についてもいくつかヒントがある。基本、キューバはこのゲバラ本などでは、国内版は国内で流通させ、外国版は外国の出版社に任せる、という形をとっていたとか。それも含め、世界の左翼系出版社のある種のコネクションがうかがえるのは、おもしろいといえばおもしろい。それが、『ゲバラ日記』=ボリビア日記がいくつも邦訳がある原因の一つにつながっているらしい。

このゲバラ日記をめぐる様々な国際政治的やりとり(こいつが当時のボリビアの現職大臣の手によりキューバに流出したことで、ボリビアの大臣級にまでキューバの息がかかっていることが明らかとなって現地では一大政治スキャンダルとなり、当時のボリビア内閣総辞職につながった)をめぐる細かい経緯、同行していた他のゲリラたちの手記、その他関連資料を総まとめにしたのが、以下の The Complete Bolivian Diaries of Che Guevara.

さすがに翻訳の話までは出ていないけれど、この日記を流してもらえた世界の左翼系出版社のネットワークとか、なかなかおもしろい。編者は初期の批判的な伝記を書いたJamesとなる。