昨日のBester ”Decievers” とともに、ずっとハードディスクの肥やしになっていたのが、このバージェス『ジョイスプリック』の翻訳しかかり。
これはかの「時計仕掛けのオレンジ」で知られるアントニイ・バージェスが、ジェイムズ・ジョイスについて書いた短い本だ。ずっと前に読んでいて、この冒頭部の、普通小説風 (この本の表現では、第一種の作家風)に書き換えた『ユリシーズ』冒頭部というのが大好きで、そしてこれを考えることでジョイスについての理解はかなり深まった……というのは大げさだな。ぼくはジョイスのそんなにいい読者ではない。『ユリシーズ』も途中をかなり飛ばして雑にしか読んでいない。でも、そこで何が行われているのかは、少しわかったように思う。
多くの人は文学というと、すばらしい壮大な、風景が目に浮かぶような作品だと思っている。カズオ・イシグロとかね。だがバージェスは、そんなのがほしけりゃ映画でも見てろ、という。ジョイスのすごさは、読んでいてそんな風景とは無縁の、変にひっかかる部分だ。そしてそれは、ことばが描くものではなく、描いていることば自体へのこだわりから生じる、と指摘する。
が、そのこだわりって何? 多くの人はジョイスを見て、なんかオノマトペ使っているとか造語をたくさんとか、そんなことで感心してみせる。俗語使うとか、ダジャレ使うとか。でも、本書はそれがもっともっと深い水準にまで貫徹し、ちょっとした仕掛けがものすごく深い意味を持つ様子を、本当にさりげなくお手軽に描き出す。が、そこで言われていることは、ちょっとやそっとの理解では表面も引っ掻けない水準の指摘。すごい。
かつてその話をちょっと、かの『たかがバロウズ本。』でもやった。でも、実物を読んでもらうに越したことはないと思って訳しかけていたんだが…… まず、英語の視覚的なことば遊びの話が多く、翻訳できない、そのまま見せねばならないところが多い。それよりもっと大きかったのは、こう、発音記号がたくさん出てくるんだよ。
発音記号何するものぞ、天下のユニコード様に当然収録されているだろう、と思って(されてます)、コード表からコピペしてやってみたんだが、フォントが対応しておらず、全部空白になる。そこを飛ばしたら、何言ってんのかわからなくなる。これはいずれやり方を調べようと思って放ってあった。
が、tipaというすばらしい環境がLaTeX配下にあるのを発見。
おおお。これを使えばできるのかな、と途中で放ってあった訳に入れてみたら、すばらしい、できた! ちゃんと記号が表示される!
ということで、みなさん最初の1.5章5.5章分くらいだけど、お読みなさいな。これだけでもすごいよ。
柳瀬尚紀の『フィネガンズ・ウェイク』訳はもちろん翻訳史上に残る偉業だと思う。ちなみに『ユリシーズ』も、ぼくは丸谷他訳よりも柳瀬尚紀のほうが、原文の変な感じをもっとうまく出せていると思う。が、それでもこういう水準のすべてを訳することはできない。訳すべきかどうかさえわからん。その一方で、柳瀬訳も丸谷他訳も頑張っているわな。それを理解し享受する意味でも、見といて損はないと思う。
続きは、まあこれも気が向いたら昨日のベスターとともにいろいろやりましょう。ちなみに、これはかなり短いんで、興が載ればすぐ終わるかも。
追記
……といっている間に第5章まで終わったぜ。あと、表紙のつけかた、これまではpdfにしてから足していたが、LaTeX内部から自動的に足せることが判明。ありがとうございます。表紙も作っちゃったぜ!
あと、やっているうちに丸谷他訳に少しケチを感じはじめて、それについても入れてある。