キューバの経済 part 4: 社会主義/共産主義経済の全体像

1. キューバ再び:経済危機のさなか

さて久々にキューバにきているのだけれど、キューバはいますごいことになっている。まず、アメリカの制裁がどんどん厳しくなり、各種の船はキューバに寄っただけで嫌がらせされ、キューバへのフライトもどんどん潰された。おかげで観光客は激減。FDIもやたらに支障をきたす状態。食料やガソリンの不足はとんでもない状況だ。

さらにコロナ。2020年夏に、一時抑え込んで、われコロナに勝利せり、と叫んだらすぐに第二波がはじまり、さらに今年に入って爆発。人口一千万強のキューバで、一日千人規模……だったのが6月にさらに爆発して一日三千人の新規患者数だ。おかげでレストランはテイクアウトのみ。夜8時から朝5時まで外出禁止。

さらにトランプがイタチの最後っ屁で、今年一月にキューバをテロ支援国認定してしまったので、特に銀行のドル送金ルートがほぼ完全に断たれてしまった。キューバ相手のドル取引は極度に困難になった。外貨がなくて、しかも最も流通していた外貨であるドルも使えず、そしてバイデンは、公約ではキューバとの関係改善を謳っていたのに、フロリダ州の票を失うのがこわくて当選後はダンマリで、キューバ国民の失望ったらないくらい。

そんな状態なのに、なのか、あるいはそんな状態だから、なのか、キューバは昨年末に大幅な経済改革を断行。これまで使われていた二重通貨制度が解消され、配給システムは大なたをふるわれ、かわりに公務員 (というのは社会主義だと労働者のほとんどの部分だ) の給与は5倍になった。そして経済のなかで自律性を持つ部分を大きく拡大する、という。

で、今回の調査は、その影響と今後の方向性を調べるのが仕事だ。が、そこで常に障害となるのが、そもそもこの日本の連中 (含む山形) は、社会主義経済の基本的なところがわかっていない、ということだ。ぼくたちは上の方針を見て、「ああ、市場経済化するんですね」と思ってしまう。が、キューバの人々にとっては、そういうことではない。そしてもちろん、変化の影響を考えるためには、そのもともとの状況が本当はわかっている必要がある。でも西側社会の多くの人は、それがわかっていない。だから話がかなりかみ合わない。いや、わかる必要すらないと思っている。非効率で持続性がないダメな仕組みだから、とにかくなんでも自由化、市場化、民営化すればいいのだ、と思って……そしてソ連東欧で大失敗をこいた。

でも今回いろいろ尋ねるうちに、やっと社会主義共産主義の経済での、みんなの念頭にある全体像がわかってきた (と思う)。そしてそのなかで、少なくともキューバの2020年までの仕組みに関する限り、以下の話もだんだん見えてきたと思う。

  • 経済を統制するとか中央計画するとかいうのはどういうこと?
  • その統制はどうやって行うの?
  • なぜ共産主義はお金をあんなに嫌うのか?

彼らの念頭にある経済の仕組みとは次の図ようなものだ。

基本、重要なのは実物経済だけだ。お金を使ってまわす部分は、そのオマケにすぎないのだ。が、これだけだとわかりにくいから、各部分を説明しよう。

2. 実物経済:実物接収、実物配給を中心とする経済のベースロード

基本的に、彼らの念頭にあるのは実物経済だ。

社会主義共産主義の最大の基本は、「生産手段の私有がない」ということだ。だから、「生産物」はそもそも私有されない。生産者は、生産物を(ほぼ)すべて上納する。あるいは、市場価格とは乖離したとんでもない安値で売り渡す。そのかわりに、生活に必要な衣食住、教育、医療、娯楽、文化はすべて国家が、計画に基づいて無料で配給してくれる。

あらゆる社会/共産主義がこういうシステムだったかは知らない。でもソ連はこれを1935年までやっていたし、だから社会主義経済の発想のベースとしてこうした考え方はあった。その後はソ連では食品の配給は廃止された。キューバはこれを2021年までやっていた。実際には、配給のパンはまずくて特にオバマ融和後の好況期には、配給のパン食うのは恥、みたいな感覚さえあって形骸化はしていたけれど、でも配給手帳をみんな持っていた。

これは、かつては無理な話ではなかった。というのは、20世紀初頭の社会全体の生活水準は、とんでもなく低かったからだ。ほとんどの人は、毎日同じモノを食べていた。パンだけ、ジャガイモだけ、米だけ。おかずなんて、ないも同然。肉なんて週に一度とか。いや、その同じモノですら、あれば御の字。状況が変わればすぐに、食べ物のない日が続いて餓死もあり得る。衣、住だって同じだ。医療も娯楽も文化も、どんなレベルの低いものだってあるだけ御の字だった。だからこれは、きわめてお得な取引に見えた。「毎日同じパンばかりじゃ飽きるよ」なんてことを言うのは、それ自体が贅沢なブルジョワ的言説であり、プロレタリアの敵だ。そして、人間の生活のベースロード部分は、これですべてまかなえるはずだった。

共産主義は、本当はこれでまわるはずだった。キューバの経済も、これでいいはずだった。そしてこの仕組みでは、お金はいらない。実物を提出して(つーかそれはもともとあんたのもんじゃない)、実物をもらう。それでおしまいだ。これは当然、社会全体の生産力があがって、みんなの必要とするモノの生産が完全に足りていることが前提となる仕組みだ。

だから経済のなかで、ここの統制が最も大事になる。そのときの統制指標として最も重要なのは、生産量であり、次にそれを実現するための投資量だ。

そしてそれを決めるのは、ソ連ならかの伝説のゴスプランであり、キューバでは経済計画省だ。ここは実物経済の生産量を決め、そのための資源配分を決め、投資を決める。それはすべて、この実物経済に奉仕する。中央計画経済の要がこの省庁だ;

ただし、中にはもちろん嗜好の差はある。万人が求めるものではない、一部の人しかほしがらないものもある。そして悔しいけれど、政府が調整しきれないものもある。そこの部分は、お金で調整しようじゃないか。そうして出てくるのが、内貨経済だ。

3. 内貨経済 (キューバならCUP):実物経済の細かい調整役

これは生産されるもののうち、ベースロードとなる配給部分では処理しきれない細かい嗜好の分配に対応するものだ。昔の人はみんなタバコを吸ったので、タバコは配給だけれど、中にはすわない人もいて、それを別のものに換えたいと思うかもしれない。頭痛薬を配給されても、それが不要だという人もいる。それを調整するには、お金を経由したほうがいい。

 でもこのお金は、あくまで実物経済の補助でしかない。実物経済のデコボコを均すためのものだ。ある意味でそんなものが必要なのは、実物経済の収集配給システムが未熟だからであって、つまりそれは共産主義の実物経済に対する侮辱だ。だから共産主義の多くの人——ポル・ポト毛沢東チェ・ゲバラ——はお金を嫌うのだ。ついでにもちろん、お金のため込みは資産格差をつくり……

そして、実物経済と内貨経済をつなぐものが、物価だ。配給にまわるはずのものが勝手に売られたりすると、実物経済に支障をきたす。だから、国が (キューバでは財政物価省を通じて) 物価を統制し、実物経済から内貨経済への流入をコントロールするわけだ。

4. 兌換貨幣経済 (2020年までのキューバならCUC)

本来なら、内貨経済だけでおしまいのはずだ。もともと、内貨経済だって実物経済を均すために不承不承認めただけのはずだ。  そしてここまでで、なんとなくわかると思うけれど、基本的にここでの発想は自給自足経済だ。一つの国の中だけですべてはまわり、完結している。共産主義の連中は、自給自足が大好きだ。最近では環境をカサに、それを地産地消とか言い換えているけれど、それは同じことだ。

でも実際には、自給自足は無理だ。早い話が、実物経済の製品回収と配給をやるためにも、大規模な輸送システムは必須で、それをまわす車や石油や鉄道がいる。機械、資源、食品、その他輸入しないと手に入らないものは多い。そしてそのための外貨を得るには、国内で作った何かを売る、つまり輸出しなくてはならない。

 ある意味で、これは実物経済と、それを補う内貨経済が無能だと言うに等しい。理想とする自給自足ができていないわけだから。

 が、そういうメンツの問題を越えて、もっと現実的な問題がある。内貨を自由に国際決済通貨 (いまはドルだけれど、ユーロでも円でもいい) に換えて、なんでも買えるようにするのはまずい。ヘタに外国の安い代物がドッと入ってきたらどうする? 最初の実物経済の均衡がくずれてしまう。あるいは、原油価格が高騰して、それが国内価格にそのまま反映されたら? あるいは配給品目にガソリンが入っていた場合、国の収支があわなくなったら?

 それを避ける手段が、外貨建ての輸入品を買える専用兌換通貨を作り、その通貨の流通を制約することで輸入品に対する需要をコントロールすることだ。ここはほとんどは生産材と輸出品で、一般市民の経済に流れるのはほんのおこぼれであるはずだ。外貨建て輸出品と外貨建て輸入品とが主流を占める、独立した経済のレイヤーがここに成立する。そのためには、その兌換通貨の流通量 (マネーサプライ/ストック) をコントロールすると同時に、内貨と兌換通貨の為替レートを変えて、外貨建て製品への需要をコントロールすることだ。

 それを実質的に行うのは、銀行と国営両替所を参加に収める中央銀行、ということになる。

5. 外国

そして、外国との輸出入が最後にある。国内の需要を、内貨と兌換通貨の為替レートで抑える一方、ここでは実際の外貨と兌換通貨との為替レートをいじって、本当に出入りするモノの量をコントロールできる。

それもいろいろ手法はある。輸出入は (特にキューバの場合)、出入り口は限られる。港か空港だ。そこを抑えて為替レートをいじれば、何でもできる。 輸入と輸出で使うレートを変えさせるとかFDIなら税制優遇とか、いろんなことが可能だ。

これも本来的に行うのは、銀行と国営両替所を参加に収める中央銀行、ということになる。ただし、ここは実際に外国と接触のあるいろんな関連省庁や国営企業お手盛りが入る余地がある。そこらへんはムニャムニャ。

6. まとめ

つまりここでの基本的な思想は、完全なモノ経済がベースとなり、お金を使った経済はそのオマケだ。そしてそのなかでも、外貨建て商品の経済の部分はさらにオマケだ。そしてそのなかで、実際に外国と出入りする財やサービスの部分は、それよりなおさら小さいはずだ。

でも、どのくらい「小さい」のか? たぶんそれは、上の図の台形の面積に相当するくらいだ。それぞれの台形の面積は、上と下で9:1とか8:2とか、そんな規模が漠然とイメージされている。

そしてそれらのインターフェース/統制手段となるのが、価格だ。それは物と内貨の間をつなぐ、物価だったり、あるいは内貨と兌換通貨との為替レートだったり、兌換通貨と外貨との為替レートだったりする。でもこうして三段構えのバッファを設け、それを政府が統制することで、貿易財の価格変化が、重要な実物経済に与える影響は最小化できる。

キューバ中央銀行は、金融政策ツールとしてMonetary aggregateを使うと言っていた。これはつまり、為替レートや物価の水準が、上の図で実際の面積比と整合性を持つようにマネーサプライを調整する、という意味だと思えばいいだろう。それは当然、ゴスプラン/経済計画省による実物経済の調整と整合したものにしなくてはならない。

というわけで、これが社会主義共産主義の現実の経済のまわりかたと、そこにおける統制だ。

たぶん、こういうのを出すと「知ってた」「常識だ」みたいなことを言うヤツが必ず出るんだけど、でもぼくは (結構いろいろ読んできたけど) こういう基本的な説明にはお目にかかったことがない。マルな方たちの多くって、可能性の中心とかいう人とか、すぐに貨幣がどうしただの価値形態云々だの労働価値云々だの、わけのわからんことを言い出すばかりでこういう具体の話をちっとも説明してくれないし、また資本主義から入ってきた人がキューバ経済とかの説明をすると、これまたインフレだとかいきなりお金の話だとかに陥って、これまたわけわからん。ここに書いたような仕組みが念頭にあると、かなり見通しはよくなると思うんだ。

さて、こういう仕組みを前提にしたとき、たとえばこの経済での「インフレ」って何? 中央銀行って両替屋を仕切る以外に何するの? といったいろんな疑問がわいてくると思うので、その話をいずれしましょう。そして、今回の経済改革というのがキューバにとってどういう意味を持つのかも、ある程度は見当がつくと思うけど、それもまたこんど解説してみようか。