The Economist:「クソな仕事 (ブルシット・ジョブ)」はクソ理論

デヴィッド・グレーバーは何やら一部の人にはえらく人気があって、お決まりのサヨク議論を何やらそれっぽい意匠で語ってみせるから、というのが普通の解釈だけれど、正直いってそれ以上のものだとは思わない。

で、彼のブルシット・ジョブ。ほとんどの人は読んでなくて、これが非正規のウーバー配達員とかそういう仕事のことだとおもっているんだけれど、実はちがう。オリンピック大臣の丸川珠代みたいな、何の技能もなく意味もないお飾りなのに、地位と給料だけは高い社会的に無意味な仕事のこと。

あるいは金融とか、多くのハンコ押すだけの管理職とかね。で、そういう人たちは実は、自分たちの仕事の空虚さにおしつぶされそうになっていて、いまや資本主義の矛盾は頂点に達していまにも崩壊しそうで……

でも、そんなことねーよ、との話。実際にやってみたら、やっぱそういう人たちはそれなりにやりがい感じてて、そんな空疎だとか無意味だとか自分では思ってないよ、とのこと。さて、「グレーバーの言ってるのは当人がどう思っているかではなく、客観的に見たその仕事の意義の話で〜」とかいろいろ言う人はいると思うけど、本当にそう書いてあるかな?

The Economist:「クソな仕事 (ブルシット・ジョブ)」はクソ理論

(Bartleby: Detecting the real Bullshit, The Economist, June 6, 2021, p.56)

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多くの人は、ときどき自分の仕事が無意味だと思ってしまう。故人類学者デヴィッド・グレーバーは、この洞察から入念な理論を作り上げた。彼は2018年の著書で、社会は金融サービスなどの職業で意図的にますます多くの「クソな仕事 (ブルシット・ジョブ)」を作り出してきたのだ、と主張した。彼らは学費ローンを返済するためにそのお金が必要なのだが、その仕事のためにうつ病に陥るのだと言う。彼の理論は、グーグルスカラーによると学者たちにより800回以上も引用され、しばしばメディアでも繰り返されている。

この本が登場したとき、このコラム執筆者はピンとこなかった。これは、官僚主義は本質的に、ますます自分で自分の仕事を作り出す傾向があるのだ、というC. N. パーキンソンの洞察の焼き直しでしかないのだ、というのがそのときに指摘したことだ。学者三人——マグダレーナ・ソフィア、アレックス・ウッド、ブレンダン・バーチェル——はグレーバー氏の主張について系統的な分析を行い、実際のデータを見ると彼の主張とは正反対の結果が見られることを示した*1。つまりブルシット・ジョブ理論は、言い換えればおおむねブルシット (クソ) なのだ。

著書でグレーバー氏は、イギリスとオランダのアンケート調査に大きく依存している。回答者たちに、自分の仕事が世界に対して意味ある貢献をしているか尋ねるアンケートだ。これはずいぶんと高いハードルだ。回答者の37-40%が、自分の仕事はここに該当しないと応えたのも無理はない。これに対して、この学者たちはヨーロッパ労働条件調査を使った。これは35ヶ国にまたがる労働者44000人を対象にしている。そして彼らは、「自分が役に立つ仕事をしていると感じる」という設問に「ほとんど思わない」「まったく思わない」と回答した人びとを調べている。

グレーバー氏の主張する、ブルシット・ジョブの高い比率とは逆に、2015年にはEUの回答者のうち、自分の仕事が役に立っていないと思った回答者は4.8%しかいなかった。そしてこの比率は近年、上がるどころかむしろ下がっている。2010年には5.5%で、2005年には7.8%だったのだ。

さらに事務・管理職の人びとは、グレーバー氏が不可欠と考える仕事、たとえばゴミ収集や洗濯で雇われている人びとに比べ、自分の仕事を無意味と思う比率がはるかに低かった。実際、研究者たちは教育水準とやりがいが反比例していることを発見した。教育水準の低い労働者は、自分の仕事が役立たずで無意味だと考える割合が高かった。そして学費ローンはどうも関係ないようだ。イギリスはヨーロッパでの学費ローン残高が最高だが、29歳以下の非大卒者は、借金の多い大卒者に比べて役立たずだと思う可能性が2倍は高い。

するとどういうことだろうか? 問題の一部はまちがいなく、グレーバー氏のような学者たちが、金融業やその他資本主義的な仕事で働く人びとに対して抱いている偏見だ。そうした人びとが介護職やブルーカラー職で働く人びとに比べて、あまりに高給取りなのはけしからんと彼らは思っているわけだ。公平を期するために言えば、小生は正反対の偏見を抱いている、金融稼業やビジネスマンたちにお目にかかってきた——彼らは、学者だの「世間知らず」職の連中 (ジャーナリストなど) は、資本家が作り出した富に寄生しているだけだと考えるのだ。別の要因としては、人びとが自分の職業の文化を受け容れてしまう傾向だ。アサルトライフルを販売していたり、ホメオバシー薬を販売したりする人びとは、やがて自分が世のためになる仕事をしているのだと信じるようになる。

だがグレーバー氏の理論の一部は、実は正しかった。自分の仕事が無意味だと感じる従業員は、不安で落ち込みがちだ。グレーバー氏の考えるその理由は、マルクス主義の「疎外」の思想と関連している。これは19世紀に職人たちが、自営業ではなくなり、工場に勤めざるを得なくなったときに感じたものだ。

疎外は、労働者たちが監督者にどう扱われるかに依存する。「上司が敬意を持ち、支えてくれて労働者の言うことの耳を貸せば、そして労働者たちが参加の機会を持っていて、自分の考えを使えて、いい仕事をするだけの余裕を与えられれば、自分の仕事が役立たずだと感じる可能性は下がる」と研究者たちは書いている。仕事が無意味だと思うのは、自分の技能を活用する機会がなく、自主性を発揮する余地がないときだ。この問題は、専門職についた大卒者よりは、低賃金職にいる人びとに起こりがちだ。

要するに、これは「人びとは仕事を辞めるのではなく、ひどい上司の下を辞めるのだ」という古い成句の言い換えだ。自分の仕事が役立たずだと考える労働者が5%に満たないというのは、管理職の人びとに対する間接的な賞賛であるわけだ。人びとがときどき、自分の仕事が退屈だとか気落ちするものだと感じるからといって、その説明に何やら手の込んだ陰謀論を作り上げる必要なんかない。人生ってのは、本来そういうもの、でしょ?

*1:"Alienation is not 'bullshit': an empirical critque of Graeber's theory of BS Jobs," Work, Employment and Society, June 2021.