ナオミ・ウルフ (博士) の……凋落なのか元からそうだったのか……

2021年6月に、ナオミ・ウルフのツイッターアカウントが停止をくらった。

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いやー、ついにそこまできてしまったかという感じではある。もともと、軽薄なフェミニスト論者ではあって、『美の陰謀』とか、美しさの規範を押しつけることで女性は貶められているというテーゼを主張しつつ、メークばっちりの自分の写真を表紙に載せることに特に矛盾を感じない人で、しかも、その美の陰謀により女性が拒食症に追いやられて何万人も死んでいるのだ! とか主張したけど*1実際に数字を見てみたら、死んでるのは400人くらいで、死ななきゃいいってもんでもないし主張はわからんでもないが、桁が2つも3つもちがうというのはあまりに雑ではないか、と言われつつも、この手の論者の常としてそういう細かいことはいいのだ、と資本主義批判のナオミ・クラインとあわせてそのあまりの雑さ加減や支離滅裂さのため、世界のナオミたちの面汚しと呼ばれつつも (そういや最近、別のナオミさんもいたねえ)、左翼リベラル系の常として勢いとスローガンだけでメディアに珍重されてきたんだが……

いずれのナオミも、だんだんそれが飽きられてきた。そしてそのせいなのかどうか、特にこのナオミ・ウルフは最近どんどんすごいことになっているのだ。

近著Outrages! の醜態

だんだん自分が真面目に扱われなくなったことを気にするようになったナオミ・ウルフは、がんばって博士号を取得して、それをとても自慢していた。そして、その博士論文をもとにした新著を出した。それが2019年のOutrages!だった。

本としての中身は基本的には、シモンズという19世紀半ばくらいのイギリス詩人が、隠れゲイで、裏で同性愛をテーマにした詩作や創作ノートをたくさんつけていた、というお話だ。そしてその中には、こういう嗜好がバレたらどうしよう、という恐怖もたびたび登場してくる。

でもそういう物書きがいました、というだけなら、別に何の目新しさもない。正直いって、そんなすごい書き手だとも思わないし。博士号に値するだけの、何か目新しい知見は出ているんだろうか?

本書を読むのは結構苦痛で、というのもナオミ・ウルフは何やら「おお、シモンズの記録を初めて見ようとするこの私の心の高鳴りが〜」とか、くだらない道中記や感想文にページをたくさん費やして、いつものナオミ・ウルフにも増して自意識過剰で鬱陶しいからだ。

だが本書の一つの売りは、その背景となった19世紀当時のイギリスにおける同性愛への法的な糾弾の熾烈さについて調べていることだ。イギリスで同性愛は、昔は犯罪だった。だから同性愛だとわかると死刑になった。従来これは、1830年を最後に実施されなくなってきて、やがて同性愛を犯罪とする法律は19世紀半ばに廃止されました、ということになっていた (それが1885年にまた改訂されて違法とされたために、チューリングは20世紀に入ってからもいじめられることになった)。

でもナオミ・ウルフは、裁判の記録をひっくり返して、当時でも同性愛でいろいろ処罰を受けている人を見つけてきた。特に彼女的に手柄だと思ったのが、ある裁判で同性愛に対して「Death Recorded」という判決が出た、というもの。彼女はそれを見つけて、ホラ見ろ、death recordedだから、死が記録された、つまり実際に死刑になったってことでしょう、これまで知られていたよりずっと後の1850年代までイギリスでは同性愛が死刑にすらなっていたのだ、実は同性愛への迫害は一般に言われているよりずっと遅くまで続いており、それがシモンズなどが隠れねばならなかった背景になっているのだ、と主張した。これが本当なら、イギリスの同性愛迫害の歴史を書き換える大発見だ。博士号も文句なし!

ところが……

この新著についてPRも兼ねたBBCのインタビューで、インタビューアーが「あんたはdeath recordedで騒いでいるが、これがなんだか知ってるのか」と突っ込んだ。自分の著書の山場を説明しろと言われたのだと思ったナオミ・ウルフは、ここぞとばかりに声を張り上げた……のをインタビューアーに遮られた。

Death recordedというのは、実は紙の上では処刑したと書いておくけど何もしません、という慣習。つまりこれは、死刑になったということではなく、何もされなかったという証拠なのだ。これは多少なりともイギリスの刑法史を知っているひとなら常識なんだという。

なんでそんなものがあるのか? 法律というのは、いらなくなってだれも使わなくなると、わざわざ廃止する手間をかけるのも面倒なので、放置されてしまうことがままある。日本ではかつて、戦後の配給時代に使われた米穀通帳の規定がずっと残っていて、米を買うときは本当はその米穀通帳がないといけなかった。もちろんやがて米が余って減反政策すら進むようになる時代には、そんな規定は有名無実化した。でも法律自体は70年代だか80年代だかまでずっと残っていた。永六輔がそれを知って、米穀通帳なしで米を買ったから逮捕してくれ、なんていうパフォーマンスを一時やっていた。

あるいは、イギリスでは昔、警官は馬にのっていたので、自動車の時代になっても長いこと、パトカーにはまぐさを積んでおかねばならないという規定が残っていた。それもしばしば揶揄の対象にはなった。これも、廃止するのも面倒で放置されていただけの話だ。

ただときどき、その遺物の法律が持ち出されてしまうことがある。裁判所としては、そんなのどうでもいいよ、と本当は言いたいけれど現実にある法律を無視することはできない。そこで登場したのがこのdeath recordedみたいなもので、形だけなんかしたことにはするけれど、実際はお咎めなし、あるいは減刑推奨というものだったそうだ。

つまりdeath recordedというのは、この頃には同性愛処罰規定が形骸化していたという証拠なのであって、ナオミ・ウルフが思っていたような、身体処罰が続いていたという話とは真逆なのだ。

自著を得意げに宣伝するはずの番組で、一番のセールスポイントだったはずのものが完全に崩されておたつくナオミ・ウルフの様子はそのまま放送されてしまい、彼女の本は大きな嘲笑を受けた。彼女は「いやそんなのは大した話ではない、ちょっとなおせばすむ」と固執したんだけれど、当時の同性愛をめぐる社会状況を完全にまちがえていた以上、本の基本的な話が成り立たない。おかげで、この本のアメリカ版の出版はキャンセルされた。

さらに彼女が取り上げた他の事例も、同性愛で実刑を受けた人物というのが実は児童性愛者だった例も頻発。同性愛の迫害じゃないんじゃね? というのが出てきて、主張はがた崩れ。

ナオミ・ウルフは、「個別の事例を云々したいのではない、当時の同性愛に対する迫害の様子を示したかっただけだ、だから事例がまちがっていても主張はかわらない」と強弁している。でも、その主張の背景となった事例が壊滅状態となると、いったい何を根拠にそういうことが言えるのか? 同性愛を公言できる状況ではなかったのは事実だけれど、それだけならそもそも何も目新しい話ではない。しかも単なる著書ならば、裏付けなしでいろいろポエムを書き連ねても、別にいいだろう。でもこれは、博士論文だったんでしょう? これでなんで博士号なんか取れるんだ、ちゃんと審査されてるのか、という声まであがってしまっていた。

が、これはまあ、あーあ、やっちゃった、という本人および指導教官だけの話だ。明らかにただのちょんぼであって、笑われるのは仕方ないが受けいれて挽回する (か、ほとぼりさめてから、平気で出てくるか) しかない代物ではあり、みんな忘れかけていた。

が……その2019年が明けた頃、コロナが流行り始めて……ナオミ・ウルフがどんどんおかしくなっているのがあらわになってきたのだった。

5Gがないからコロナフリー??!!

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コロナが拡大を始めたとき、無知蒙昧なバルバロイたちのスクツたるヨーロッパでは、携帯電話の5Gの基地局が実はコロナを広げているのだというものすごいデマが広がり、みんなが笑っている間に、なんと実際に5G基地局が次々に焼き討ちにあうという、いまは石器時代でしたっけ、みたいなすさまじい話がヨーロッパでは広がった。

でもリベラルな知識人たちはみんな、デマにまどわされずおうちにいましょうねーとか、マスクちゃんとしましょうとか、文明のあり方を見直す好機だとか言っていたところへ、ナオミ・ウルフがこんなツイートをしてみせた。

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なんと彼女は5Gがまだない (と思っていた) ベルファストにいっていた。5Gがない=コロナがない=マスクしなくていい、いやあ空気と自然がおいしいなあ、というツイート。

(追記:terahide氏に指摘を受けたが、これは2019年半ばの日付から考えて、それ以前の5G陰謀説だな。なんか人間の思考コントロールするとかそんな陰謀説が出回っていたのだった。失敬。ご指摘TNX! とはいえその後、ナオミ・ウルフはコロナがらみでも5G陰謀をふりまいていたし、またこれはつまり、彼女がコロナ以前から陰謀説に深入りしていたことを示すものになってしまっている)

だがアイルランドベルファストには2019年半ばの時点ですでに5Gは入っていた。もちろんながらこれはみんなに突っ込みをくらいまくった (実はぼくもこのときこれがおもしろくて、この原稿もそのときに書きかけていたのだった)。が、その話はそれで消えた。みんなもしばらく忘れていた。ぼくも、書くにあたって一応上のOutrages!を読んでおこうと思って寝かしてあったら、届いて目を通したころにはもうタイミングを逸した感じで、そのまま放置してあった。

ところが……

サバイバリストに反ワクチン陰謀論

彼女はますます悪化していた。

まず、彼女はいつの間にか、なにやらサバイバリストまがいになっていたらしい。

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だんだん銃撃の腕が上がってきたわ♥って、あんた何やってるんですか?

(付記:これってシューティングゲームでは? サバイバリストではないのでは? との指摘があったが、ちがうと思う。シューティングゲームでempowering に感じたとか、どんどん腕が上がって安全に感じるようになりましたとか言うと思う?)

そしてコロナ方面でも、ますます異常な方向に流れていった模様。まずは、コロナは陰謀だった (たぶん中国研究所起源の話とかでしょう) のだからワクチンだって陰謀じゃないと言い切れるのか、という頭痛もののツイート。

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そして最後に、mRNAワクチンは何があるかわからない、尿や排泄物を通じて悪影響が出るかもしれないからワクチン接種者のウンコは早急に隔離すべきだ……

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さらには、ワクチン接種所への反対。

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すごい。サバイバリスト……はまあ趣味だからとやかく言わないにしても、5Gに陰謀説に反ワクチン、さらにワクチン接種者からの汚染説と、もうコロナがらみの醜態を一身に抱え込むロイヤルストレートフラッシュ状態。よくまあここまで見事に揃えたもんです。

ここらへんでさすがにツイッター当局も検閲に乗り出したということらしい。もう各種メディアでも、フェミニストの面汚しとか、いろいろ言われ、みんなに完全に見放されていて、いや可哀想と言うべきか自業自得というべきか。

凋落か、元からそうなのか……

で、あちこちで、彼女はかつては優秀だったのがどこかで変になったのか、それとも元からダメな人でだんだん馬脚があらわれただけなのか、といった議論が展開されているんだが、ぼくは後者だと思っている。もともと彼女はちゃんと勉強してないし、裏取りや調査もできないで、目先のスローガンと勢いだけでの人ではあった。

そして、death recordedのちょんぼとこの陰謀論転落が関係しているのか、という点もある。独立の事象だという見方もできる。でもぼくは、これも関連していると思っている。彼女は、裏付けや細部なんかどうでもいいのだ、と思い込む形でちやほやされてきてしまった。たぶんdeath recordedも、人の話をきかなかった結果だろう。コロナがらみも、自分の思いこみと直感 (その筋で「しなやかな感性」とかいわれるもの) だけに頼っていいと思った結果だ。

それと、冒頭でも述べたけれど、『美の陰謀』なんていう本を出している一方で彼女の人気の大きな原因がそのビジュアル的な優位性にあったのはまちがいないことで、それで無用にメディアに持ち上げられたのも、彼女が舞い上がる原因にはなった。博士号を取るために勉強してる、と聞いたときには見直したんだけれど、特に改心したわけではなかったようだ。

ここから、他の類似論者に話を一般化したい誘惑はないわけではないけれど、ここまですごい転落ぶりはあまり……いや日本でもネトウヨ系の論者が、単なる愛国小説書いている分にはお笑いだったのが、それを真に受けた読者に持ち上げられて、架空戦記を独自の歴史的考察と思い込んで転落し、トランプが選挙不正を暴いてアメリカ大統領に返り咲くのだ、という陰謀論を大真面目にツイートしているような例はあるな。まあ個人の資質ということなんだろうか。それでも、そういう馬脚が目の前でみるみる現れていくのをリアルタイム近くで見られるというのは、ツイッターのようなSNSの、ある意味でおもしろい部分ではあるのだけれど。

追記

他にも、ワクチン接種者と同じ部屋にいるだけで〜とか、妊娠中みたいな症状が出る〜mRNAでホルモン異常〜みたいなツイートもあった模様 (集めた記事にリンクを貼っていたが明らかにあっちの世界系のサイトだったので削除)。いやはや、なんかこの6月4日に爆発的に狂ったツイートを重ねているのは、なんなんでしょうねー。

またこのネタに触れている日本語ツイートの大半は、「勇敢にも政府の大本営発表に疑問を呈したナオミ・ウルフ博士のような偉大な知識人が言論弾圧をくらった! これぞコロナ陰謀の証拠!」という頭痛ものばかり。英語ツイートもそうだ。彼女はたぶん、今後はこういう陰謀論や反ワクチン論者にどんどん祭り上げられ、あっちの世界にいってしまうんだろうね。

*1:これ、実物見ていなかったのでさっき図書館で確認したけど、累計の話だと思ったら、なんと「毎年15万人死んでいる」との主張をそのまま書いている。ちょっと規模感のなさ、ひどすぎるだろう!