Wear "Solved!” 査読

Andrew Wear Solved! How other countries have cracked the world’s biggest problems and we can too (2020, Black) 査読

2020.02.01 山形浩生

まとめ

化石燃料削減(温暖化対策)、教育改善、犯罪抑止、ジェンダーギャップ解消、移民受け入れ、格差削減、民主主義拡大、地元製造業の振興、スマートシティ、寿命延長という大きな問題について、すでに解決している国や地域の事例を見つけ、それを報告すると共に、得られる教訓とその実践方法提案をまとめた本。 平易であり、事例の説明はわかりやすい。一方で、その事例の持つ一般性には疑問が残る。各章の末にまとめられた、教訓といまできることの一覧は便利ながら、本当にその事例からこの方策が導かれるのかクビをひねるものも多い。そして最後の、どうやって先進事例に近づくかという方策は、「経済成長しろ」「人口増やせ」「格差をなくせ」といった、それ自体があまりに大きすぎる課題の集まりに成りはて、そして個人レベルでは投票にいけ、というだけの提案で、竜頭蛇尾の印象はまぬがれない。 地域発展事例集のような本として多少は需要があるかもしれず、あっても悪い本ではないが、一方で是非とも紹介すべき本でもない。

著者について

不詳。

概要

はじめに

 アメリカは現在、様々な問題に対応できずにいるようで、新しい課題に背を向けようとばかりしている。だがそうした問題をすでに解決した他の事例がある。イデオロギー的な立場や理論をあれこれ述べるより、そうした実例を見ることで希望が持てるようになるし、また実際に何ができるか理解できる。

第1章:風と共に去りぬ——化石燃料よさらば

デンマークのサムソ島は、世界最先端のグリーンエネルギーコミュニティとなっている。電力需要は風力発電でまかない、暖房はバイオマスボイラーで藁を燃やしている。

もともとデンマークオイルショックの頃から石油依存を減らそうとしていた。そして京都議定書を批准して、排出削減のモデル地域をデンマーク政府が探していた。そのコンペに応募したのが発端。風力発電はコミュニティ所有にして費用を引き下げている。政府の努力と地域住民のやる気のおかげで、デンマークGDP成長しつつエネルギー消費や排出を減らす、デカップリングも実現している。電力以外の部分では成果は限られるが、よい政策とやる気があれば化石燃料は減らせる。

得られる教訓は、地域から始めること、長期的な成長戦略を持つこと、持続可能な都市や村の奨励、リーダーシップの重要性。アメリカができることは、炭素税、エネルギー効率を高める、化石燃料補助をやめる、再生可能エネルギーの補助、交通輸送の低インパクト化。

第2章:教育の国——若者の教育を改善

シンガポールは50年前は場末だったのに、いまや世界最先端。これは教育のおかげ。国際的な比較でも高い成績をあげている。これは政府ががんばっているおかげ。特に先生は、継続的に能力改善を奨励され、毎年パフォーマンス評価が行われる。また世界中の教育システムを研究し、よいところを採り入れようとする。生徒も能力重視の環境でがんばる。ただし、これは受験競争を招く。また幼児教育がまだうまくできていない。

得られる教訓は、まず先生とその仕事を大事にすること。公共学校だって十分な力を発揮できること。能力評価は、よく考えてやること。学校重視の社会文化。継続的な改善。アメリカが学ぶことは、幼児教育への投資、教師の学習と発展を奨励、よい先生に報酬、成績調査はやりすぎるな、よい事例を学べ。

第3章:犯罪防止の同士

イギリスのヨークシャーはかつて暴力が絶えない地域だったが、学者/医師のイニシアチブで暴力を減らす取り組みを開始。CCTVによるハイリスク地域の監視、DV削減のための支援充実などのカーディフモデルが生まれた。暴力は世界的に逓減しているが、その推進力は、処罰から抑止への重点切り替え。スポーツイベント時に酒の販売を禁止して泥酔による暴力を避けるなどの細かい対応も効く。

得られる教訓は抑止の重要性、地域社会の信頼の重要性、データの賢い利用、若者を巻き込む。アメリカは、銃規制、データ収集改善、各種組織の協力、重点警備、酒類販売の規制強化。

第4章:ジェンダー平等

アイスランドは育児に父親も母親も参加。父親も育児休暇がもらえる。雇用平等法、給与格差削減の法制化、行政への女性参加義務づけなどにより、ジェンダーギャップはほぼない。男性優位とされるSTEM職も女性のほうが多い。

教訓は、法制の重要性、各方面の連帯、父親の育児参加。アメリカは、賃金格差解消、育児休暇制度改善、保育園を手の届くものに、労働時間短縮、アファーマティブアクション法制化。

第5章:移民との共存

オーストラリアは大量の移民を受け入れて共存してきた。1960年代に白豪主義が妥当され、移民が入ってきた。高技能移民を積極的に受け入れる政策が奏功している。移民のための定住サービスなどが充実。短期労働制度などで、試しにきてみる移民が増え、ハードルが下がっている。

教訓は、高技能移民の促進、国へのメリットを宣伝する、包摂的なコミュニティづくり、人口増加の準備、ちがいを歓迎。アメリカができるのは、必要な技能の移民を集める、一時移民の仕組みを活用、違法難民を避けるために正規ルートを充実させる、支援サービスの充実。

第6章:格差を下げつつ生活水準を上げる

ノルウェーはきわめて低格差だが生活水準は高く、労働生産性は高い。低賃金職でも労組が強くて交渉力がある。また労働時間も短い。累進課税による再分配も効いている。

教訓は、参加支援、教育投資、高税でも成長できること、賢い投資の重要性。アメリカにできるのは、累進課税、リソース再分配、労働時間短縮、将来基金の創設、就業支援。

第7章:独裁から民主主義へ

インドネシアではスハルトが準独裁を強いていたが、国民の大規模デモにより民主化が実現した。

教訓は、民主主義への移行はできるし、危機を活用できること、いったん実現したら継続性があること。アメリカが学べるのは、反汚職手法の導入、民主的なチェック&バランスの導入、分権化、平和デモの支援、他国の民主化支援。

第8章:グローバリゼーションに対抗

ドイツでは製造業が伸びている。労働者を大事にして経営参加させ、研究開発を重視すること。

 教訓は、目先の利潤より計画重視、労働者の技能投資、イノベーションを自分のニッチで。アメリカが学べるのはニッチ生産の奨励、中小企業支援、従業員の意志決定参加、見習いへの投資、研究開発への障壁をなくす。

第9章:都市再生:スマートシティ

アメリカのフェニックス市は、2008年にはいい状況ではなかった。自動車中心で市街地が拡散していた。そこで高密で歩行者中心の地区を作りイノベーション地区を作ろうと地元の行政と開発行政が考えた。その他のところでも、スタートアップ重視のイノベーション地区を作ろうという試みは多い。政府支援もそこで大きな役割を果たす。

教訓は、政府がイノベーションを主導すること。各種プレーヤーの調整が必要、技能に基づく学習が重要。トップ以外の都市も重要。いまできるのは公的研究重視、民間研究開発支援、スタートアップ支援、政府調達の活用、イノベーション地区の創設。

第10章:戦場から健康な国へ

韓国は朝鮮戦争から世界有数の発展を遂げた。衛生改善と都市化、国民医療皆保険、先進医療と健康な食生活。

教訓は、経済成長が寿命を延ばすこと、国民医療皆保険、食生活改善。アメリカができるのは母子健康への投資、国民医療皆保険の強化、酒と煙草の抑制、肥満改善、精神病への対処。

第11章:実現方法は?

経済発展を頑張ろう。人口を増やそう。労働参加率と生産性を上げよう。格差も抑えよう。税金を上げよう。教育を頑張ろう。民主化を進めよう。都市化を進めよう。分権化を進めよう。

第12章:将来のためのツール

地域毎に課題はある。その課題に取り組むべく、選挙で投票しよう。

評価

 世界は改善できることをノルベリ『進歩』などから引きつつ、それを実際に実現した事例をそこそこ集めているのはおもしろい。ただし、かなり通り一遍な事例ばかりで、必ずしも目新しいものは多くない。さらに、最後の実現方法は、それが簡単にできるならだれも苦労しないというものばかり。そして読者としてできることが、投票に行くというだけなのは、現実的にはそうなのかもしれないが拍子抜けではある。

 また、デンマークの排出削減事例は本当に世界に適用できるものなのか、インドネシアは現在、本当にそんな理想的な民主主義国なのか、アイスランドジェンダー平等というのは、なんでもかんでも法律で無理矢理女性参加を図っているがそれは本当にいいのか等、いろいろ妥当性も疑問が生じる。スマートシティというのは、通常は本書が述べているイノベーション地区などの話ではない。その意味で、中身の妥当性にはかなり疑問が残る。

 事例自体の一部はおもしろく、そうした需要はあるかもしれない。ただし、事例としての粒度もちがう。国レベルのものもあれば、かなり狭い話もある。そして大きな問題は、得られる教訓もかなりジェネリックなものとなっており、実務的な参考にもなりづらい。

 決してダメな本ではないが、さりとて是非とも紹介すべき本とも言えない。全体に迫力不足でいささか惜しい本ではある。