斉藤・中川編『人間行動から考える地震リスクのマネジメント』:住宅関連の地震リスク低減施策を行動経済学で実証的に考えたよい本。

 題名を見て、例によって経済偏重の社会を見直せとかエコなナントカとか、その手のインチキ本じゃねえだろうなあ、とものすごく警戒していたが、至極まとも。

 基本的な問題意識は、特に住宅の建設・選択においてどうやって地震リスクをもっと考えた行動を人々にしてもらうか、というもの。耐震性の高い住宅を選んでもらうにはどうしたらいいかとか、それが地価に反映されるかとか、保険加入をどう促進するか、とか。で、その中で日本の住宅ローンの問題も建築士の問題も、中古マンション市場(またはそのあってなきがごとき実態)の問題も、マンション改修投資の問題も挙げている。最後には人的資本の影響も見ている(この最後のだけ住宅から離れて他とちょっと焦点がずれるが)。

 ここらへんをちゃんと実証的に検討しているのが本書の強み。マンション改修のむずかしさの原因は定性的には言われているけれど、それをきちんと定量的に把握しようとしたり、耐震性への投資を理論で考えたり、保険加入行動についてアンケートで把握を試みたり。一方で、耐震性はいいけど実際の消費者がそれをどこまで気にしているか、アイトラッカーで調べてみるなんていう調査まで入っていて(梁が太くなるとみんな金払いが悪くなるそうな)、結構おもしろい。

 で、そうした選択行動には、古典的な行動経済学上の問題がつきまとうわけで、いつか地震のときはいいかもしれんが目先の安さにはかなわない、とか、保険入れと言ってもみんなつい先送りにしちゃうとか。それが実際にどう効いているかを実証で裏付けて、そこから政策的含意もちゃんと出している。堅実でよい本だし、行動経済学のきちんとした応用例としてもよいと思う。ただこの題名だと、なんかあらゆる社会制度をひっくり返すようなでかい(=無内容な総論)のような印象が出てしまう。かく言うこのぼくも、書評候補本一覧の中からこの題名だけ見て、とうていまともなもんじゃなかろうと思って、あやうくパスするところだったのだ。住宅系の耐震性向上などがメインの話だというのがわかるようにするともう少し関係者(住宅屋、保険屋、国交省などの政策担当者)がもっとちゃんと手に取るんじゃないか。

 朝日新聞の文化部がこれを候補に選んできたのは、たぶん題名だけ見てこれがそういう総論的な本だと思ったからだと思うんだよね。でも全国的にパンピーに紹介すべき本というよりは、もう少しピンポイント的なデリバリーを考えるべき本なので、朝日ではとりあげないが、なんか他で紹介する機会がないもんか。



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