- ペルッツ『夜毎の……』かすかにふれあう運命の静謐さ。 2012/8/31
- 斉藤他『地震リスク』: 耐震性の高い住宅づくりや保険加入を行動経済学から実証分析, 2012/4/6
- Nathan『Sybil Exposed』: 多重人格を流行らせた「シビル」の虚構を同情的に暴く本, 2012/4/4
- ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』: 参考文献もちゃんと収録されるようになり、単行本よりずっとよくなった! 2012/3/11
- 『Thomas Pynchon (DVD)』当然ながら目新しいことはわからず、ブロガーなどを集めて周縁情報をなぞるだけ。 2012/1/3
ペルッツ『夜毎の……』かすかにふれあう運命の静謐さ。 2012/8/31
- 作者: レオ・ペルッツ,垂野創一郎
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2012/07/25
- メディア: 単行本
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ペルッツは、昔かの名作『第三の魔弾』を読んで、七〇年代くらいのラテンアメリカ作家だとばかり思い込んでたんだよね。それが20世紀初頭の東欧作家とは意外や意外。
で、これはそのペルッツのかなり後期の作品……と書くことにどこまで意味があるのやら。狂王ルドルフ二世に、大富豪のユダヤ人商人、その妻、その財産、ユダヤ教司祭に天使、そのそれぞれの運命が本人すら気がつかないほどかすかに、だが多様な形でからまりあい、そのかすかなからみあいが、それぞれの人生を大きく変えている——読むうちにそれがだんだん明らかになってきて、そして冒頭の短編に出てきた司祭の謎の行動がやがて解き明かされるとともに、すべてのパズルの駒がおさまって、大きな悲しい絵ができあがる——そしてその絵も、もはや語り手が語る時点ではすべて過去のものとなり、これまたかすかな痕跡が残るばかり。
ラノベに代表される下品な小説みたいに、なんかいちいちでかい事件が起きて、いちいち主人公が「うぉぉぉ」とかわめいたり爆発が起きたり、ラスボスが出てきて「ふっふっふ、実は我こそは」とか説明してくれたりしない。説明がむずかしい本で、とにかく読んで、としか言えないし、ある程度の辛抱と頭のバッファがあって、いろんな宙ぶらりんの糸口を宙づりにしておく能力がないと、それがだんだんとつながって大きな輪になるおもしろさあは感じられないだろう。こういうのをうまく説明できたらな、とは思う。最近、小説系があたりが多いので、それをまとめてとも思ったけれど特に共通点もないのでそれもむずかしいし。 でも、静謐でありつつ運命の残酷さとそのはかなさみたいなのをゆっくり感じたい人にはお勧め。夏よりは冬に読みたい小説だと思う。
斉藤他『地震リスク』: 耐震性の高い住宅づくりや保険加入を行動経済学から実証分析, 2012/4/6
人間行動から考える地震リスクのマネジメント: 新しい社会制度を設計する
- 作者: 齊藤誠,中川雅之
- 出版社/メーカー: 勁草書房
- 発売日: 2012/03/09
- メディア: 単行本
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中身はよい本なのに、題名も、出版社の内容紹介もまったく本書の中身を適切にあらわしていないのが難点。
基本的な問題意識は、特に住宅の建設・選択においてどうやって地震リスクをもっと考えた行動を人々にしてもらうか、というもの。耐震性の高い住宅を選んでもらうにはどうしたらいいかとか、それが地価に反映されるかとか、保険加入をどう促進するか、とか。で、その中で日本の住宅ローンの問題も建築士の問題も、中古マンション市場の問題も、マンション改修投資の問題も挙げている。最後には人的資本の影響も見ている(この最後のだけ住宅から離れて他とちょっと焦点がずれるが)。
ここらへんをちゃんと実証的に検討しているのが本書の強み。定性的には言われているマンション改修のむずかしさの原因を定量的に把握しようとしたり、耐震性への投資を理論で考えたり、保険加入行動についてアンケートで把握を試みたり。一方で、耐震性はいいけど実際の消費者がそれをどこまで気にしているか、アイトラッカーで調べてみるなんていう調査まで入っていて、結構おもしろい。
で、そうした選択行動には、古典的な行動経済学上の問題がつきまとうわけで、いつか地震のときはいいかもしれんが目先の安さにはかなわない、とか、保険入れと言ってもみんなつい先送りにしちゃうとか。それが実際にどう効いているかを実証で裏付けて、そこから政策的含意もちゃんと出している。堅実でよい本だし、行動経済学のきちんとした応用例としてもよいと思う。ただこの題名だと、なんかあらゆる社会制度をひっくり返すようなでかい(=無内容な総論)のような印象が出てしまうので、住宅系の耐震性向上などがメインの話だというのがわかるようにするともう少し関係者(住宅屋、保険屋、国交省などの政策担当者)がもっとちゃんと手に取るんじゃないか。
Nathan『Sybil Exposed』: 多重人格を流行らせた「シビル」の虚構を同情的に暴く本, 2012/4/4
Sybil Exposed: The Extraordinary Story Behind the Famous Multiple Personality Case (English Edition)
- 作者: Debbie Nathan
- 出版社/メーカー: Free Press
- 発売日: 2011/10/18
- メディア: Kindle版
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多重人格はミステリーやホラーでいまや定番の設定だが、その発端となったの失われた私 (ハヤカワ文庫 NF (35))だ。この本では、「シビル」なる女性が幼児期の虐待などで一ダースもの人格に分かれていたとされ、それが統合される過程が描かれる。これがベストセラーになり、アメリカでは何万人もの自称多重人格症やそのセラピストが無数に登場した。
が、本書はその実際の臨床資料(患者の死によって公開さえた)をもとに、実際には何が起きたかをまとめる。そして、「シビル」の物語が、かまってほしくて話をねつ造する患者と、功を焦って患者に催眠術や幻覚剤まで使って人格をねつ造させる精神医と、それを描くことでジャーナリストとして大成したい作家という女性三人がグルになったねつ造なのだということを明らかにする。
本書の描く三人の末路は実に悲しい。「シビル」が一大社会現象になってから、患者と医師は自分の虚構の露見をおそれてほとんど共依存的な共同生活に入り、ジャーナリストはその後もスキャンダラスなスクープを目指すがすべて失敗し、失意のうちに死亡した様子を描く。そして作者はこの一件が、女性の社会進出が始まりつつもまだ不安定だった時期に女性たちが感じていた不安と焦りの反映と見る。彼女たちもある種分裂した生き様を強いられており、それは社会全体の不安定さにもつながっていた。「シビル」はそれ故に、著者たち自身にとっても切実であり、そして社会にも受け容れられたのだ、と。だからこの三人を描く著者の筆致は、厳しいと同時にもの悲しく優しい。が、それが生み出した数々の家庭破壊などの被害にについても、著者は淡々と指摘する。多重人格を本気で信じている人、うさんくさく思っている人すべていおすすめ。
ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』: 参考文献もちゃんと収録されるようになり、単行本よりずっとよくなった! 2012/3/11
文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
- 作者: ジャレド・ダイアモンド,倉骨彰
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2012/02/02
- メディア: 文庫
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本書は世界各地の歴史一万年以上について扱う本なので、当然あらゆる研究を著者一人がやったわけではありません。したがいまして、著者がどんな論拠でものを言っているのかがとても重要になります。原著ではもちろん、Further readings として参考文献をちゃんと挙げ、疑問点やもっと詳しく知りたい人のために便宜をはかっていました。
ところが邦訳の単行本では、その部分がばっさりカッとされており、心ある読者は激怒して、それを勝手に訳出したりもしました。その後、草思社もあわててウェブにそれを掲載したりしていましたが、本としての価値は大きく下がっていたと言わざるをえません。
この文庫本では、ありがたいことに参考文献をちゃんと巻末に載せており、本としての価値は単行本をずっと上回っています。単行本を持っている人も、こちらを改めて買って損はしないでしょう。惜しむらくは、原著2005年版から追加された、日本人の起原にかんする章と2003年版エピローグについて、訳出されていないばかりか言及すらないことです。それで本筋が大きく変わるわけではありませんが、もう少し配慮があってもよかったとは思います。ご興味のある向きは以下を参照:
『Thomas Pynchon (DVD)』当然ながら目新しいことはわからず、ブロガーなどを集めて周縁情報をなぞるだけ。 2012/1/3
Thomas Pynchon: Journey Into the Mind of Thomas [DVD] [Import]
- アーティスト: Thomas Pynchon
- 出版社/メーカー: Kultur Video
- 発売日: 2008/11/18
- メディア: DVD
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正体不明の作家として名高いトマス・ピンチョンのドキュメンタリー……なのだけれど、もちろんこれまでインタビューもなく写真もごくわずか、身辺情報も限られているとあって、ネタがない。このため、こんなDVDを見ようとするほどピンチョンに興味があるような人なら当然知っているような話以外はまったく出てこない。おもにしゃべっているのは、ピンチョン関連のまとめサイトを作っているブロガーとか、ピンチョンについて調べた記者とか。写真を撮りに行ったが逃げられた話などは、すでにピンチョンファンにはおなじみ。ブロガーは、ピンチョンがメキシコシティにいたのと同じ時期に、ケネディ暗殺犯とされるオズワルドもメキシコにいた、なんて話を得意げにするが、数百万人いる都市ですからねえ。あとはピンチョン仮装大会に本人があらわれたかもしれないとファンたちが夢想した、なんて話をあれこれするブロガーとか。
直接の関係者としては、ピンチョンのもとガールフレンドが、昔ピンチョンの住んでいた家を案内してくれる部分は、興味を持つ人もいるかも。重力の虹を書いている頃で、すべて手書きで書いて、推敲、その後タイプ、というスタイルだった、なんていうのは楽しい。あれを手書きで??! また某授賞式でピンチョンの代役を務めた人物に話をきくのは、ちょっとおもしろい。が、おもしろい部分はのべ10分もあるかどうか。
ラストは、ニューヨークでピンチョンの写真を撮った記者の話と、CNNがピンチョンを撮影した話。確かにこの二つに登場するピンチョンは若き日の面影通り(特にひょっとこみたいな口)。またCNNがそれを放映するときに行った粋な配慮の話は、CNNの株を上げる。
でも、意味のある部分があまりに少なく、とても90分近いDVDにすべき内容ではない。60-70年代のニュースフィルムや都市風景をたくさんはさむことで何とかそれっぽい雰囲気にはしているものの、冗長。30分か、せいぜい60分にまとめるべき内容だろう。