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ケインズ「孫たちの経済的可能性」

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ついでにちょっとやった「孫たちの経済的可能性」。あちこちに納められているけどネット上であってもいいと思ったので。

ケインズ「孫たちの経済的可能性」(pdf 75kb) http://genpaku.org/keynes/misc/keynesfuture.pdf

内容は有名といえば有名だが「ケインズは百年後には一日3時間労働になると言った」というふうな紹介のされかたしかしないのは、ちょっとかわいそう。もっと気楽な放言(そしてそれゆえになかなかおもしろい洞察がある)ですよ。

まとめると——

いま(第一次大戦後で大恐慌時代)は経済的にはひどい状況にある。でも長期的に見れば、経済は17世紀末から急激な成長をとげてきた。これは、急激な技術革新と、資産/資本の蓄積があったから可能になった。イギリスの資本は3.25パーセント成長を続けている。これがもっと続けば、経済はまちがいなくずっと豊かになる。すると、人類の経済問題は基本的に解決してしまう。働かなくてもよくなる

 そのとき、人間は何をするだろうか。いまは勤勉がよいこととされているし、経済問題への対応は遺伝子レベルで刷り込まれてるから、多くの人は暇と自由に耐えられないだろう。少なくなった仕事を広く薄く共有して何とか仕事を続けようとするかもしれない(一日3時間労働とか)。一方で、働く必要がなくなれば道徳もかわり、これまで金持ちや高利貸しを肯定してきた価値観が否定される。本当の生き方をわきまえた人が、余暇を十分に使えるようになる。これまでの金持ちや高利貸し翼賛は、資本蓄積を実現するための方便。それが十分に終われば、尊敬されるのは本当にいまを充実して生きられる人物だ。ただし、それが実現するのは百年以上先。そのうえで、いまのうちから人生を楽しむ準備をしておいてはいかが?

ということで、余暇に備えた人生とは、というもの。日本のニート諸氏はある意味で、ケインズがここで予想している存在ではあるが、なかなかケインズが言ったような話にはなりませんねえ(いや、なっているという見方も可能か)。

経済学者、未来を語る: 新「わが孫たちの経済的可能性」

経済学者、未来を語る: 新「わが孫たちの経済的可能性」

この本で、経済学者たちがケインズの見立てについてあれやこれや言っている。それなりにおもしろい。ただ全体の書きぶりからして、ケインズはそーんなに生真面目に詰められるとは想定しておらず、あくまですごくジェネリックな放言だというのはお忘れなく。それがあれば、ネタにマジレス、という感じでおもしろい。

その一方で、ざっと読み返すと、ケインズに比べてみんな視野が狭い。ケインズは、この一節を大恐慌のまっただ中に書いた。景気は停滞し、失業があふれ——その中で、ケインズは経済に対するすさまじい楽観論を考えてみせた。この本の経済学者たちは、みんな真面目だけれど、せいぜいここ20年ほどの問題にとらわれて、それについてあれこれ議論している。それは残念である一方で、知識人としての器というかスケールの差がはっきり見えておもしろい。

それにしても、この本って肝心のこのエッセイを収録してなかったように記憶してる。ちょっとの手間だし、原著になくても入れればよかったのに。多くの人は、各論者が何に突っ込みを入れているのか、今一つ理解できず苦労したと思う。