はじめに
ギリシャを見ているうちに、中国の株式市場暴落があれよあれよという間にでかい話になってしまったけれど、でもギリシャも相変わらず負けてはいない。IMFに対して堂々のデフォルト、国民投票で正面切っての反抗、窮鼠猫を噛むじゃないけど、もうやけくそというか開き直りというか、実におもしろい。
デフォルトしてどうすんのよってことで、7月9日にはギリシャ政府はトロイカに対してちょっと譲歩した改革案を出しては見たけれど、それで合意できるんなら先月のうちに合意できただろう、とはみんな思ってると思う。時間稼ぎ以上のものではないと思うな。
そしてもし合意に達したとしても、それによってギリシャの状況がグンと改善して景気が上向き、借金をしゃきしゃき返せると思ってる人はだれもいない。2010年にも2012年にも、それやったもんね。それでいまのていたらく。緊縮で(それもギリシャがやってる超緊縮で)景気が回復するわけがない。総需要が不足したら、失業続くに決まってんじゃん。ということで、仮に合意ができても、またいつか(2年後かね)ここに戻ってくるのは必定。
さていま各方面でギリシャ問題についての記事を見ると、ギリシャ人は怠け者だからよくないとか、ユーロの仕組みが悪いとか、緊縮にこだわるEUやECBが悪いとか、ドイツとメルケルが悪の総本山とか、いろんな犯人捜しは見かける。だけど、だれが悪いにしても、ここまで考えるとかなり確度が高いと思えることがある。ギリシャは早晩、ユーロ離脱するだろう、それしかないとみんな思ってるはず。今回やらなくても、2年後、四年後、いつかは必ずやる。たぶんみんな、今回だろうと思ってるはず。すでにロンドンのブックメーカーでは、ユーロ残留に賭ける人がいなくて、トトカルチョが成立しなくなっているとか。
ユーロ離脱マニュアル!
さて、これに対しては、EUの規定にないから離脱できないとか、いろいろ訴訟が起きるとか、新通貨はものすごい下がるからダメとかいういろんな否定的な意見がある(ちなみに、最後のやつはホント馬鹿で、まさにそれをやりたいから新通貨にするんだけど……)。でも、現在では、他の道は考えにくい。「法律はその気になれば破れる」というのはレッシグ「CODE」でも言われております。
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でも、具体的にはユーロ離脱ってどうやるんだろうか?
それを、前回2012年の危機のときに考察してまとめているのがこの報告書。おもしろいよー。何かコンテストの応募作/入賞作しいが、おかげで政治的な配慮なしにストレートに書けている。
Robert Boole et al. (2012), "Leaving the Euro: A Practical Guide," Capital Economics.
https://www.capitaleconomics.com/data/pdf/wolfson-prize-submission.pdf
法的には、別に規定がないからといって離脱できないってことはない。離脱しちゃダメとは書いてない。まだ規定作ってないだけだし、リスボン協定でEUからの離脱については定まっているんだから、それより弱いユーロ離脱だってできるでしょー。
新通貨は暴落するというけど、どのくらいだろう? 経済的なファンダメンタルズから見て、この報告書時点で40%くらい。いまなら50%になるかな。妥当な線だと思うよ。
いろんな債務の扱いはどうすれば? 国内はすべて新通貨建てに切り替え。対外債務も、なるべく切り替えてほしいよね。あと、新通貨になってもやはり対外債務はかなり減免してもらわないとダメ。いまGDPの177%くらい債務があるから、これを60%くらいまでに下げたい。このためには、いまの債務の八割をちゃらにしてもらわないと。
でも印刷機壊しちゃったとか言ってたけど大丈夫なの? だーいじょうぶ! お金を印刷する会社はたくさんある! この報告書では、南スーダンの新紙幣を刷ったDe La Rueが上がってるけど、Fortress Paperとかもあるし、あと我らが日本銀行印刷局は、いま外国からの受注目指してがんばってるんだよ。ついでに、日本の造幣局はすでにガリガリ外国からのコイン鋳造を受注してる。スーダンは6ヶ月で用意できたって。
その他、考えるべき話はやまほどあるけど、それを一つずつつぶしているのはえらいなあ。そして、おもしろいのがスケジュールとそれまでの扱い。
だいたいD-Dayの一ヶ月前あたりから、銀行の資本規制して、でもユーロ離脱の意図は最後まで秘密にしとけ、とのこと。そしてあれやこれやの手続きをそれまでにこなして、D-Dayは月曜か休み明け。そしてその休み前の金曜かなんかに、ドーンとアナウンスする(週末はどうせ銀行が休みだから、銀行閉鎖での混乱が少なくてすむ)。
休み明け(月曜)に、ユーロと一対一で新通貨に切り替え。その後は市場に任せて通貨が下落するに任せる。オーバーシュート対策と目先のインフレ対策に、為替ターゲット/インフレターゲットは設けておこう。で、国内の現金がないのが痛いけど、でも現代経済では現金の役割は決して大きくない。新紙幣ができてくるまでは、すべてカード決済って手もあるし、現金取引ではユーロを継続利用という手もある。六ヶ月後に新紙幣が出てきたら、だんだん国内のユーロは処分!
さらにえらいのは、ギリシャにとっての話だけでなく、残った国々にとっての含意もきちんと考えていること。実はフランスがだんだん周縁国に似てきつつある、という指摘は、その意味合いを考えると結構怖い。
これを見ると、いまギリシャが出している改革案は、まあ離脱を発表するまでユーロに残るかもと思わせるための小細工かな、という気もしてくる。そしてもしここに上がったスケジュールが正しければ、ユーロ離脱がアナウンスされるのは8月頭から半ばかな。うひひひ。
関連文献
なお、他にユーロ離脱について検討した論文や文献はいくつかあるけれど、法的な観点からは否定的な見解が多い。たとえば
Phoebus Athanassiou (2009) “Withdrawal and Expulsion from the EU and EMU: Some Reflections” (European Central Bank, Legal Working Paper No. 10)
また、ユーロ離脱でEU残留はありえないでしょー、という立場も多い。たとえば
Eric Dor (2011) "Leaving the euro zone: a user's guide" (IESG School of Management, Working Paper Series 2011-ECO-06)
あるいは、アニル・カシャップもユーロ脱退はEU脱退でギリシャに大打撃という立場。だからユーロに残りつつ、お金ではない手形をたくさん出して、実質的なお金として使うのがいいんじゃないかとのこと。
一方で、脱退ルールが明確じゃないからギリシャみたいな背水の陣の捨て身戦略ができちゃうんだ、脱退できないからかえって不安定になる、との議論をゲーム理論でまとめたのが次。
Christian Fahrholz, Cezary Wójcik (2012), “The Eurozone Needs Exit Rules” (CES IFO Working Paper No. 3845)
また、ユーロ離脱したらすべて解決みたいに思うのは甘いよー、という論文もある。
Riccardo Realfonzo and Angelantonio Viscione (2015), “The Effects of a Euro Exit on Growth, Employment, and Wages” Levy Economics Institute of Bard Colledge, Working Paper No. 840
ただし、この論文は実際に読んでみると、ユーロ離脱で通貨下落が起きたら確実に輸出は増えるしGDP成長するし、分配面でちょっと差があったり、一部例外的な事例があるのを除けば、かなりよい結果になることを示していて、著者たちのまとめはミスリーディングじゃないかとぼくは思う。
どれもなかなかおもしろいし、ググればすぐ出て来るので、興味ある人はどうぞー。
あと、高橋洋一のこのまとめは明解だと思う。