ヘッセ『なぜ数学は人を幸せな気持ちにさせるのか』:ありがちな数学パズル集もどきだが、納得できないところ、イミフなところが散見されていま一つ。

なぜ数学は人を幸せな気持ちにさせるのか

なぜ数学は人を幸せな気持ちにさせるのか

数学は楽しいよ、ということを言うために、いろんな数学パズルや数学ネタのエピソードを並べた本。が、ときどき何を言ってるのかよくわからない。

6ダース x 1ダースと半ダースx1ダースの違いは何か?
「違いはない」と答えたとしたら、それは間違いだ。(p.119)

ごめん。これでこの部分の全文なんだけど、なんで「違いはない」と答えるの? あと、

ある被験者のグループが、互いに相談せずに、以下の数から一つを選択するという課題を与えられた。

7、100、13、99、261、555

全員が同じ数を選べば、それぞれがかなりの金額をもらえる。どの数を選ぶべきか?(p.55)

ま、これはケインズ美人投票と同じく、問題は自分の好きなものを選ぶことではなく、他人が何を選ぶかを当てる、というのがポイントになるわけだ。で、もちろん他人はこっちの選択を当てようとするので、どうどうめぐりで難しい、という話。

さて著者の答は261なのね。なぜかというと、最も特徴がないから。ラッキーナンバーでもなく、不吉でもなく、対称でもなくきりのいい数でもないから。そういう発想をすることで再帰性から逃れられる、と。

でも……ごめん、ぼくは他の人がなぜ最も特徴のない数字を敢えて選ぼうとするかがよくわからない。人は特徴があって目立つ数字を選ぼうとする可能性のほうが高くない?

おもしろいネタも結構上がっているんだけど、ときどきこういうのがあって、ぼくはあまり幸せな気持ちになれなかった。いや、ぼくの数学センスがないだけかもしれないんだけど。


翻訳も、いささかぎこちない。ラストとかの自己言及的なネタや、他にも数学者めいた、論理的だけれど意味不明の物言いで人を煙に巻いておもしろがるようなギャグが頻出しているんだけど、こういうのはもう少し流れるようにしないとユーモアが出ないんだが。あとdu/Sie の二人称(ドイツ語からの訳)をすべて「あなた」にしてしまっていて、漠然とした人を指しているときの(つまり日本語では主語を省略したほうがいいときの)用法ですらそれをやるんだよね。ちなみに、翻訳者というのは表に出ていなくて、奥付に「翻訳協力者」というのが出ているだけ。しかもその片方は企業なので、産業翻訳にやらせてそのあとチョイチョイと訂正したくらいなんじゃないかな、と勘ぐってしまうよ。上のよくわからないパズルも、翻訳上の問題なのかな、という気もしないではない。

(あともう一つ。「私の意図はつまりこうです。ジョン・ボン・ジョヴィがギターを演奏するように、テーマを奏でること。アンネ=ゾフィー・ムターが演奏するようにではなう、まさにボン・ジョヴィのように。」(p.7)

ボン・ジョヴィぃぃぃぃ??? それだけでまず減点でしょー)

というわけでこれも書評しません。



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