読売新聞のピケティ話:なかなかよいでき。

読売新聞の2015.01.27号13面に、ピケティ『21世紀の資本』についての記事が出ていた。ツイッターとかを見ていると、論難する声とかもあったので、なんかまたろくでもない代物になっているんじゃないかとかなり不安に思ってチェックしてきました。

結論としては、なかなかよくできているんじゃないかな。あの本をめぐる議論の広がりをおおむねよく伝えていると思う。論難している人は、絶賛になっていない、批判的な声を紹介している、ということで読売新聞は新自由主義の金持ち優遇で偏向しているからピケティを潰そうとしてるんだ、みたいなニュアンスのようだ。でも、批判は批判、議論が広がるのはだれにとってもよいことだ。


構成としては

  • データや手法について批判が出ている
    • フィナンシャルタイムズ (FT) に批判が出て、改ざんだつまみぐいだと指摘された
    • フェルドシュタインが、アメリカの税制改正の影響を考慮していないと批判
  • 提案(累積資本税)について批判がある
    • ラリー・サマーズが、金持ちは三代で潰れると批判した
    • 資本税は経済の活力を削ぐという批判がある
  • 日本については他にも格差要因がある
    • 高齢化とかの影響が大きいと原田泰が指摘
    • 正規非正規の差もあるし、パイを広げないと格差解消困難

という中身。一つを除けば、批判論紹介としては十分ありでしょう。

FTによる批判はかなりダメダメなので紹介すべきではない

一つを除けば、というのは最初に出ている FT の記事の紹介。転記ミスがある、データを改ざんしている、都合のよいデータのつまみ食い、という批判を行ったとのこと。これを受けて、新聞の見出し「格差拡大 根拠に異論も」というのが出てきているし、もし本当ならば『21世紀の資本』はかなり眉唾な代物になってしまう。

でも実際はどうなんだろう? 実はこれについてはピケティはすでに詳細な反論をしている。ほとんどすべてまったくの誤解で、補遺とかオンライン補遺とかをちゃんと読めば説明してあるものばかり。この反論については、とっくの昔にこちらのサポートページで邦訳してあるので、参照してほしい。ものぐさな方々のために、ブツへの直接リンクも張っておいてあげよう

そしてこの FT の批判論文、自分でデータを示して、格差は広がっていないという主張を行った。だからピケティはまちがっている、というわけ。それがこの論文のメインだった。でもそのやりかたが、税務に基づくデータに、最近だけは自主申告の家計サーベイデータをつなぐという手法。種類のちがうデータをつなぐというやり方がそもそも問題で、家計サーベイのデータはみんな過少申告するのが通例でちょっとあてにならない。このメインの批判が論破されてしまったので、この FT による批判はほぼ総崩れで、もはや批判として紹介するにも値しない。かの The Economist も、この批判に関しては FT のほうが分が悪いと認めている。

こういうレベルでのデータ改ざんとかつまみ食いとかいう批判は、他に見かけていない。ぼくが見落としているだけかもしれないけれど。だから世のピケティ批判論の代表として挙げるのはあまり適切ではないと思う。それは反論を読めばわかるはずなんだけどなあ。

読売新聞の、欧州総局長の佐藤昌宏とニューヨーク支局長の広瀬英治は、FTの論文とその反論をちゃんと読んだんだろうか? 「専門的だからわからない」と逃げられるほど専門的じゃないよ。データの処理が適切か、というのは白黒きっちりつく話なんだから、この二人はちゃんと調べて判断すべきだった。その結果としてこの批判に妥当性があると思ったなら、かなーり見る目がない。

すでにもっとましな批判はあるけど、まあ大手新聞にしては上出来では?

それ以外にも、今日載せるんならもっとましで重要な批判が出てはいると思う。先日紹介した、AEAのマンキューによるセッションとか、あと最近話題になっている、資本に占める住宅の割合をめぐる議論とか。もうちょっと調べようぜ、と思わなくはない。

が、その一方で、大手新聞への期待があまり高くないこともあって、この程度でもよくまとめてくれた、とは思う。マンキューのセッションで出た話も含め、よく聞く批判のポイントはかなり出ている。資本の中身が住宅という話は……ちょっとテクニカルになるからなかなかむずかしいよね。仕方ない。全体として、FTの部分は差し引くにしても、一般向けの紹介としては 85 点くらいあげてもいいと思う。絶賛でないから、といって罵倒するようなことはしちゃいけない。教祖様ではないんだし、完璧なわけがないので、各種の批判の論点もきちんと知られる必要はある。その意味で有益。

そういえば「東洋経済」にもなんか出ていたようなので、また今度見ますわ。





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