Luigi Luca & Francesco Cavalli-Sforza The Great Human Diasporas: 人類進化と分布のとても優秀な一般向け解説書。インチキに使わずきちんと読もう!

The Great Human Diasporas: The History Of Diversity And Evolution (Helix Books)

The Great Human Diasporas: The History Of Diversity And Evolution (Helix Books)

  • 作者: Lynn Parker,Luigi Luca Cavalli Sforza
  • 出版社/メーカー: Perseus Books
  • 発売日: 1996/11/06
  • メディア: ペーパーバック
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しばらく前に紹介した The History and Geography of Human Genes と同じく、嫌韓ネトウヨの人種差別的なねつ造でよく引き合いに出される本。The Great Human Diasporas + 韓国 でググルと、まったく同じソースの文が、あちこちに果てしなくコピーされていることがよくわかると思う。

書名+韓国でググった結果

The History and Geography of Human Genes より、こっちのほうが見かける機会は多いかな。朝鮮半島は遺伝子が均質でこれは長期にわたる近親相姦のせいだというネタで、もちろんそんなことはこの本には一言も書いていない。

これについては、もちろんすでに実際に見た人がそんな記述がないことを報告している。本書の中の朝鮮に関する記述は、ほぼいまのリンク先で紹介されている通り。ホント、インチキやめてね。

が、嫌韓ネトウヨのでたらめで使われたことで、誤解も広まっていると思うし、これがどういう本かをざっと紹介しておこう。とってもいい本なので。

ルイジ・ルカ・カヴァリ=スフォルツァとフランチェスコ・カヴァリ=スフォルツァ共著となっているけれど、フランチェスコはルイジ・ルカの息子で、遺伝学とは全然関係ない映像作家。本書はもともと、ルイジ・ルカのインタビューとして企画されていたもので、フランチェスコがそれをまとめたらしいんだが、彼がどういう役割だったのかは明記がないのでちょっとわからない。

全体としては、The History and Geography of Human Genes の内容をもっと読み物として読めるようにまとめたものだ。ピグミー族と狩りをしたり、その血液サンプルをもらうためにあれこれ苦労した話(余計な仲介者をいれず、塩を贈り物に直接話をしたほうがずっとスムーズだそうな)などをつかみに、遺伝がらみの初歩的な解説が全体の半分。そもそも遺伝子って何かとか、それが伝わる仕組みはどうだとか、各種原人から現生人類に到る流れとか。

そこから、いろいろな遺伝的な分析に基づく人類の壮大な移動史が説明される。ヨーロッパの流れ、アジアからアメリカへの流入等々。だいたい、研究がたくさんあるところ(ヨーロッパとか)は詳しく、その他のところはざっと見るだけだが、それでもおもしろい。

同時に、遺伝的な分析だけでなく、特に言語を中心とした文化的な伝搬と移動についても触れている。遺伝子と言語の両方から、世界の人類移動を描き出そうとしているのがおもしろいところ。知能の問題とかについても触れていて、日本人がアメリカ人よりIQが高いのは、日本のかな混じり漢字の学習で頭を使うせいじゃないかとか、ちょっと思いつきっぽいことも書かれているけど、なかなかいい。

本当に、全体に非常に堅実で、百科全書的なThe History and Geography of Human Genesよりはるかに読み物として楽しいうえ、要点はほぼおさえている。いい本だと思うし、読む人が増えれば変なデマに使われることもなくなると思うんだけれど。

ただ個人的に疑問だったのは、Postscript の部分、知能の遺伝説を批判して、例によってHerrnstein & Murray Bell Curve がやり玉にあがっていて、知能の大部分は遺伝で、だから黒人に教育とかしても無駄だから福祉とかをやめちまえ、という本だと言うことになっているんだが、ぼくが読んだ限り、そんなことは書いてなかったぞ。そもそも人種の話なんてきわめてわずか。知能指数は親から子に伝えられる傾向が強く(それが遺伝なのか家庭環境のせいかについては、「遺伝も関係するだろう」と言っているだけ。そして、政策提言はこれまでの各種平等化政策が必ずしも奏功していないという指摘はある。でも Bell Curve 独自の提言はむしろ、社会サービスなどで知的に負担がかかるようになると(たとえば各種申請書の記入をむずかしくするなど)、知能の高い人だけサービスを受けられて格差がますます増大するから、もっと平等な社会実現のためにはそうした無用な知的負担を減らすようにしなくてはならない、という本なんだけれど。

遺伝云々の濫用についての戒めは非常に重要で、本書を(読みもせず)悪用している嫌韓諸氏は熟読して反省してほしいところ。ただ、Bell Curve となると、本書も含めなんかときどきぼくが知っているのとまったくちがう本をみんなバッシングしているように思えて、とてもふしぎ。


なお、本書には邦訳がちゃんとある。イタリア語からの翻訳らしい。上に書いたBell Curve 批判は英語版で加筆されたものらしく、邦訳には含まれていない。

わたしは誰、どこから来たの―進化にみるヒトの「違い」の物語

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捏造に使っている人は、せっかく邦訳あるので、がんばって朝鮮半島の人々に関する記述を探してみてください。何も出てこないから。



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