「経済学の認知的ナントカ」:お勉強しただけのかけ声だおれ本

経済学の新しい認知科学的基礎―行動経済学からエマージェンティストの認知経済学へ

経済学の新しい認知科学的基礎―行動経済学からエマージェンティストの認知経済学へ

 完全に合理的な主体を想定した近代経済学がもはや限界に達していて、今後は認知科学に基づいた経済学の基礎の刷新が必要だ、と述べた勇ましい一冊なんだが、かけ声倒れで具体的な話にあまりに欠けているうえ、勉強不足が目立ちすぎる。
 アマルティア・センの合理的な愚か者の話から、経済学の根本的な想定がおかしい、というありがちな話をして、そもそも人間の根本とは、ということでドーキンスやら脳科学で意識の発生やらアフォーダンスが云々述べて、そうした発想をもとに経済学を再構築、というんだが……どうやって? どの章も、いろいろお勉強しました、こういう理屈をもとに経済学を見直せる可能性が、と言いつつ具体的なアイデア皆無というトホホなお粗末さ。
 また、実は結構勉強不足。双曲割引の話が一切出てこないあたり、目配りが足りなさすぎ。友野『行動経済学』のような新書ですら触れられている中身なのに。また本書で採り上げた公正概念のあれこれについても、ゲーム理論的な検討ですでに分析が進んでいるものも多いように思う。ちなみに、ゲーム理論についての検討は一切なし。近代経済学は行動心理学時代の意識否定の人間観に基づいているが、最先端の脳科学に基づく人間意識の発生から経済学を考え、というんだけど、最先端の脳科学や意識科学では、そもそも意識というのがないんじゃないかという一派もきわめて強力なのだ(リベットやダニエル・ワグナー参照)。クオリアへの言及も、参照するのが茂木健一郎ではねえ。
 全体に目新しいことを書いたつもりでいろいろ大風呂敷を広げてはいるんだが、お勉強の羅列以外にはなっておらず、しかもそのお勉強がつっこみの浅いはやりを追いかけただけという惨状。それに、こんな思いつきの能書きを並べるだけなら、ぼくみたいな門外漢の酒飲み話でしかない。その中で多少なりとも実証的に詰めるのが学者の仕事ではありませんか? かけ声だおれ。


 なお、この書評を出したところ著者は弁明と、どこかの偉い先生はほめてくれたとかいうメールをよこした。その後、アマゾンのレビューは消され、不思議なことにぼくが何もしていないのにめちゃくちゃに編集された形で一時再掲され、その後また何もしないのに完全に削除された。アマゾンはレビューのリライトまでやっているのか?



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山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.