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トロツキー『スターリン』:恨み節といやみばかりだし、未完でまとまりがない。

スターリン〈第1〉 (1967年)

スターリン〈第1〉 (1967年)

トロツキーが書いていたスターリンの伝記。彼がメキシコで、ピッケルで頭を貫かれるまで書いていたもの。もちろん、公式に調べ物ができる状況ではなかったので、当時出ていたスターリン伝をもとに、ここはオレの記憶と違う、あんなことはなかった、あの無教養なスターリンにそんなことができたわけはない、これはねつ造だ、ついでにオレはえらかった、レーニンといちばんなかがよくて忠実だったのはこのオレだったのに、それをスターリンのやつが、と並べているもの。トロツキーの自伝の後半と同じく「最近ではこんなことを言ってるやつがいるがあきれ果てたものだ」みたいな文が並ぶんだが、「こんなことを言ってるやつ」というのがだれなのか半世紀以上たったいまの読者ではわからず、ついでに「こんなこと」も気の利いた嫌みを言おうとして、よくわからなくなっている。当時はこれは気が利いていたのかなあ。

特に当時は、第二次大戦前でナチスに対抗するためにはスターリンも我慢しなきゃいけないんじゃないの、という雰囲気が世間にあったのと、いろいろ見せ物裁判とか茶番や高圧的な手法もあるみたいだけど、五カ年計画で結構成功して工業化もガンガンできていてソ連って結構すごいし、スターリンもやり手じゃないの、というまさにスターリンが世界的に評価されていた時代に出てきた本だし(一時はトロツキーと乳繰り合ってたフリーダ・カーロが、最後はスターリンの大支持者になって遺作がスターリンの肖像だったのは有名な話)、一方のトロツキー第四インターナショナルがまるっきりモノにならず、それ以外の点でも影響力皆無になっていたのを自分でもうすうす知って焦っていた時期の本でもあるし、自他共に負け犬の遠吠え感はあっただろう。もちろん、その後の歴史的経緯を考慮して、いまこの二人をどう評価するかというのはまた別問題だけど。でもこの本はあまり読む価値はない。



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山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.