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ゴードン『ミシンと日本の近代』:抜群におもしろい。物販と金融と生産に消費、産業と文化と女性の社会進出、なんでもあり!

書評

ミシンと日本の近代―― 消費者の創出

ミシンと日本の近代―― 消費者の創出

読んでいる途中だが、抜群におもしれーわ、これ。ミシンの普及は掃除機や洗濯機と同じく、女は家庭で男は仕事、みたいな単純な性分業の一環として捕らえられがちだけれど、実は全然ちがっていて、ミシンによる内職を通じた女性の社会進出(自活)の一貫でもあり、またそれを使った日本の繊維産業の発達の一貫でもあった。さらにシンガーミシンのための割賦販売というのが日本における割賦販売の先駆であったんだけれど、ミシンの役割から見てこれはつまり、一種のマイクロファイナンスとしても機能していたわけだ。

さらにそれは、日本における和装洋装論争にも関連しており、いまや見る影もない婦人誌(『主婦の友』とか)も一方でミシン販売に加担しつつ、そうした文化的な大きな役割を担っていた。さらにその先駆たるシンガー社の労使争議があれやこれや。ミシンは、ミシン消費者を生み出すために、それに伴う各種の服飾文化と、そしてそれを組み込む生産者ネットワークとしての内職女性を創り出し、ときにそれが戦争にも加担し、社会の近代化にも役割を果たし、生産財とも消費財ともいえないなんだか異様な存在となっていた。

たぶんここらへんの話は、当時の女性が持っていた社会規範とも関連しているはずで、これは当然、『富岡日記』に見られる女工の異様なやる気ともつながっているはずなんだよね。本書にはその話は出てこないようだけど。

残念なのは、話がどうも 60 年代直前で終わっていること(全部読んでないけど、ぼくは本を必ずしも最初から順番に読んだりしないので)。本書によれば 50 年代に日本の女性は平均で一日2時間もミシンを踏んでいたとのこと。そして出来合の型紙なんか使わず、なんでも自分でこなせるすさまじい技術力を身につけていた。ところが、その後安田寿明『マイ・コンピュータ入門』に書いてあった話では 70 年代過ぎると、日本のあらゆるミシンの年平均稼動時間は 3 分になったとか。工場で 24 時間フル稼動しているミシンも含めてその数字で、日本の家庭でミシンがいかに無駄に遊休しているか、という話だった。(あの本は、本当にいろんなネタが無節操に詰まっていたなあ)

つまり本書で扱った時代からほとんど一瞬のうちに、家庭における裁縫とか、外で買ってくる衣料とか、一変してしまった。そしてその後、ミシンは嫁入り道具として残り続けてはいたけれど、でももはや使われなくなっていったはず。ぼくがガキの頃には、まだテレビでミシンのCMをやっていた。あと、あの不思議な編み機ってやつね。でもそれもすぐ消えた。ぼくの記憶ではうちの母親も、小学校低学年時代まで(1972 年とかあたり)まではミシンをしょっちゅう踏んでいたけれど、その後ミシンは押し入れ(そしてやがては物置)から出てこなくなった。

本書はそこで起きたすごい変化については、どうも触れてくれていないらしい。ここはちょっと残念なところ。これってたぶん、日本のコスプレ文化とかもちょっとは関連してくるんじゃないかという気もしているんだが、よくわからん。闘う衣服の小野原あたりがちょっと取り組んでくれないかとも思うが……

闘う衣服 (叢書 記号学的実践)

闘う衣服 (叢書 記号学的実践)

Cakesでも絶対とりあげるけど、少しでもはやく他人の吹聴したかったもんで、途中だけど書いておく。

あと朝日新聞で渡辺靖が取り上げていた。ぼくの在任中もかれはちゃんと視点を持って本を選び、書評も納得いくものだったし、今回の書評もいい感じ(といってもこの本、粗筋書くだけでとにかくおもしろくて、よい書評になってしまうんだよね)。日経でも柏木博。その他いろいろ。紹介されているのに、まだ増刷されてないみたい。でも値段分の価値はありまっせ。

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