トウェンギ&キャンベル『自己愛過剰社会』:言っていることはわかるが、長すぎるし治療法がショボ過ぎ

自己愛過剰社会

自己愛過剰社会

いまのアメリカ社会は、個性重視とか自尊心を高めるとか「世界で一つだけの花」とかおまえは特別だとか言って子供をおだて、結果としてナルシストばっかりになっている。しかってはいけない、ほめて伸ばすのがいい、過保護にして変な名前をつけてわがままを何でも聞いてやって、整形をやたらにすすめ、微軟美女ばかりがテレビを飾ってみんなそれを目指すのがいいと思い込み、見栄ばかり張って辛抱や苦労をぜんぜんしようとせず、分不相応なローンを組んでリーマンショックを引き起こし、責任はとらない。フェイスブックで友だちの数ばかりを誇りツイッターのフォロワーの数を増やすのに血道をあげ、ユーチューブで目立つためならなんでもやる。ポルノ女優やストリッパーやAV女優やキャバ嬢がでかいツラをするようになり、道徳観も皆無。それは児童教育でも学校教育でも教会やボランティアでも職場でもあらゆるところに見られる。

これはけしからんことで、このために金融危機も起こるし学校もダメになるし子供はろくでもないしまともに勉強しないし家庭は破綻するし道徳もなくなるし社会の互恵性もなくなるし地球温暖化も起こるし(いやホント、マジにそう議論している)、ナルシストだらけの世界はろくでもない。アメリカはこんなんじゃだめだ、なんとかしないと、とのこと。

そのためには、子供に「おまえは特別だ」「なんでもやりたいことをやれ」とか、「結果が出なくてもなんか努力すればとにかくいいんだ」とかいうのはやめよう、テレビもバカなリアリティ番組はやめよう、もっと地道な価値観を重視しよう、学校教育も少し考え直そう、教会とかも本来の教えに立ち戻ろう、それがこのナルシシズム社会からの脱却につながる、という。

主張はわかるし、気持ちもわかるんだが、とにかく記述がくどい。内容はここに書いたような話に尽きる。それを370ページにわたり書く必要はないと思う。そしてだいたい「最近の世の中はおかしいぞ」と思ってるような人ならみんな感じてるような話ではあるんだが、一方でそれが本当に「自己愛過剰」のせいで起きているのか、あるいはそれを助長しているのか、となると検討が甘すぎ。いくつか自己愛過剰な事例がある、というのはわかる。それは増えているかもしれない。また個別事例を見れば、なんか昔よりすごいことになってるかもしれない。でも、それを社会全体に敷衍できるか、というのは話が別。ようつべで自己顕示欲を満たす人もいるだろう。そのために変な行為に走る人もいるだろう。でもそういう人が本当に増えているのか? そしてようつべがよい方向に機能する例もあるのではないか? アメリカンアイドル系の番組も、自己愛を助長するかもしれないけど、スーザン・ボイルの出現は人によっては価値あるものと思うかもしれない。学者なら、そういう長所と短所をはかりにかけるくらいの考察はあらまほし。

「治療法」と称するものもあまりにしょぼい。そんなかけ声だけでは世の中変わらないでしょう。ついでに、クレジットカードで見栄張りの大量消費ができるのが問題、それに貯金の利息には課税されるのに、買い物しても課税されないのが無駄な消費を招く、というんだが、一方で買ったらすぐにモノの価値は下落しはじめるという主張をしていて、資産価値への影響から見たらこの主張は変だ。

アメリカがいちばんよかったのは、浪費の1920年代を経て、大恐慌がきて人々が浪費と見栄のむなしさを知ったからだ(ついでに戦争したからだ)、いまもリーマンショック以後で不況になったので、これからアメリカ人も改心してまともになるかも、というんだけど、そういうシバキ主義をうれしそうに言われてもなあ。というわけで、取りあげたいとは思わない。

レビューとしては、こっちも参照:http://booklog.kinokuniya.co.jp/okai/archives/2012/01/mw.html



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