伊藤『屍者の帝国』:バロウズできましたか。

屍者の帝国

屍者の帝国

病床の伊藤が行動記録クリーチャーのフライデーを使って書いた絶筆。その意味で、本書は現実を模倣するものでもある。

伊藤はぼくの関心をかなりなぞっているし、今回も意識の話だというのは聞いていたけれど、まさかまったく別のぼくの関心のほうまで拾ってくれるとは思わなかった。バロウズ座右の銘:Language is a virus from outer space. あるいはもっと正統SFファンなら、アミガサタケの話とでも言おうか。ありがとう。でもそれを核に据えたために、本当の創発的な意識のあり方についての考察が迂回されてしまったのは、ちょっと残念。が、一方でゾンビというものについて、非常におもしろい説明仮説を出してくれたのには感心。

19世紀末のこの分野のあらゆる関係者やビッグネームをずらりと並べて、曲がりなりにも話を作りきった手腕はお見事(なお、フョードロフはソロヴィヨフとは別の人でしょ)。そのせいで各パートの説明が薄くなってしまったが、その分外野があれこれ調べる余地もできた。そして、伊藤他界後にフライデーが独自に書いた最後の数ページは胸を打つものがある。

そこでのフライデーの願いは叶ったと思う。そして、ぼくたち読者の願いも。いや叶いつつある、というべきか。言葉はいつも、読まれることで変わり、新しい生命を得るんだから。

なお、もうちょっときちんと書いたものはcakesの連載2回目に載せた。そのうちこっちにも戻すかも。

追記

昔書いた、『虐殺器官』評はこちら



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.