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The Economist に出た、最近のチョムスキー

Economist お勉強 翻訳

え、チョムスキーってこんなことになってんの、というのが面白かったので、例によって勝手に翻訳して紹介。ぼくはおもしろいと思うんだけれど、昔朝日新聞にチョムスキー本の書評をのせたらfinalventがなにやら山形はまるっきりわかっていないと言いたげな、でも何もはっきりと言わない役に立たない批判めいたものを書いたので、実はぼくはチョムスキーの言っていることを全然わかっておらず、したがって以下の文も実は「わかってる」ひとにはあまり面白くないorピント外れなものなのかもしれないので、その点はご注意を。

ノーム・チョムスキー:世界で最も高名な言語学者の理論はいささか奇妙なものになってきた。

The Economist, 2016 3/26-4/1号 p.77

www.economist.com

特定の人物と、これほど強く関連づけられている学問分野はほとんどない。物理学のアインシュタイン、心理学のフロイトくらいだろうか。でもノーム・チョムスキーは、言語学に革命を起こした人物だ。1957年に「統語構造論」を書いてから、チョムスキー氏は人間の言語が他のあらゆるコミュニケーションとは根本的にちがっていて、「火星からの言語学者」がいれば、あらゆる人間言語が一つの言語の変形版でしかないと同意するはずで、子供の恐ろしく急速かつ見事な学習(親からの入力はしばしばめちゃくちゃで、いい加減なものであるにも関わらず)は、脳の中に生得的な言語機能があることを示唆すると主張してきた。こうした発想はいまや広く受け入れられている。

過去60年にわたり、チョムスキー氏は繰り返し自分の理論を単純化してきた。人間言語の一部側面は動物も持っているし、それ以外のものはもっと一般的な人間思考の一部だ。かれはますます、人間特有だと考える言語の特徴にだけ関心を狭めてきた。こうしたすべてが、昨年末に刊行された、コンピュータ科学者ロバート・バーウィックと共著の驚異的な小著『なぜ我々だけが (Why Only Us)』となった。これは人間の言語進化を説明すると称する本だ。

同じ問題は、他の生物学者や言語学者や心理学者も探究してきて、ほとんど意見の一致は見られていない。でも世界で最も高名な言語学者の発想については、同意する人はさらに少ない。ある一つの遺伝的な突然変異が、たった一人の人間に「マージ(統合)」という能力を作り出したというのだ。チョムスキー氏はこの人物を「プロメテウス」と呼び、それが人類の出アフリカのしばらく前に起きたと主張する。この突然変異は実に有益だったので、生き残って栄え、それが今日のアルバニア語からズールー語まで七千種類もの言語を作り出した。でもチョムスキー氏の議論によれば、世界の言語のすさまじいちがいは、単にその「外部化」におけるちがいでしかない。中核にあるのは「マージ(統合)」だ。

でもそれって何ですの?マージは単に、二つの心的な物体を統合してもっと大きなものにする能力だ。そしてその大きなものに対して、単一のモノであるかのように心的な操作を加えられる。Theをcatとマージして、名詞句を作り、それがwaterのようなむき出しの名詞であるかのように、文法規則がそこに作用できる。theとhatでもそれができる。これさえできたら、さらにマージを続けて、the cat in the hat なんてのも作れる。The cat in the hatを今度は動詞句とマージすることで、新しいモノである文ができる。The cat in the hat came back という具合。そしてその文をもっと大きな文にマージもできる。You think the cat in the hat came back. それがもっと続く。

これが何の役に立つんだろう?その時点では、マージを持つ人はほかにだれもいない。プロメテウスは誰と話を?誰とも話せない、少なくともマージを使っては話せない(人はすでに、ほかの多くの動物と同じく叫びや身振りは使っていたかもしれない)。でもマージにより可能となった階層構造言語は、チョムスキー氏によれば会話のために進化したものではまったくない。むしろそれは、プロメテウスが単純な概念を使い、それを文章的な形で頭の中で組み合わせるのを可能にしたのだ。結果として生じた複雑な思考が、その人間に生存上の優位性を与えた。その突然変異によるマージ遺伝子を、生き延びた子供たち数人に伝えたら、その子たちも栄えて、マージ遺伝子をさらに後代に伝えただろう。チョムスキー氏とバーウィック氏は、その子孫たちがアフリカのヒト集団を支配するようになったはずだと考える。そしてそのずっと後になって、マージが発生器官や聴覚器官と共同作業するようになってから、人間言語が生じたというのだ。

多くの学者たちは、これが不十分か、あり得ないか、トンデモの間のどこかだと思っている。これほどのすさまじい優位性を与える単一の突然変異の出現は、生物学者たちが「ご都合主義の化け物」理論と呼んでバカにするものだ。ほとんどの進化は漸進的で、たった一つではなく多くの遺伝子に作用する。マージのような能力は存在するかもしれないが、それではマージする単語としない単語がある理由が説明できないし、まして世界の言語でのマージがこれほどちがっている理由などまったく埒外となる(『なぜ我々だけが (Why Only Us)』には、英語以外の例が一つも出てこないし、索引にも外国語が一つもない)。

チョムスキー氏は、自分のますます途方もないアイデアに同意しない連中は、めくらかインチキ野郎だと言う。批判者は「偉大な指導者」を核とした「追従者たち」が「カルト」を形成し、指導者にまじめに反論しないか、非チョムスキー派の学者の研究とまじめに取り組まない状況を示唆する(ある批判者は「チョムスキーに罵倒されるのは名誉の勲章だ」と述べた)。言語学はいまや、チョムスキー派と、大量の批判者と、そして現代の言語学分野創設者などどうでもいいとするさらに多くの人々に別れている。チョムスキーは、フロイトのようにはならないだろう。フロイトは現代心理学では周縁的な存在でしなかく、その永続的な影響はむしろ人文学のほうに見られる。チョムスキー氏のキャリアは、むしろアインシュタインのようなものとなるだろう――少なくとも、その最高かつもっとも影響力の高い成果が初期にやってきたという意味で。