ケインズ「一般理論」間宮陽介訳(岩波文庫):まだ続きます。ほんっと、だれか指摘してあげなかったの??

雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)

雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)

前回の続きです。もう自分で訳するあいまに、「ここ難しいけどちゃんと訳せてるかな」と冷やかしに見るだけになっているけど、見るたびに何か出てきて時間を取られるのがいやー。

上巻p.132 についた注は

負の貯蓄 → 「正の貯蓄」の誤りであろう。(p.385)

原文と山形訳:

When the rate of interest falls very low indeed, the increase in the ratio between an annuity purchasable for a given sum and the annual interest on that sum may, however, provide an important source of negative saving by encouraging the practice of providing for old age by the purchase of an annuity.(強調引用者)

金利がものすごく下がったら、 ある金額で買える年次払い債券と、その金額に対して得られる利息との比率が上昇するので、老後の備えとして年次払い証券を買いたがるようになり、それがマイナス貯蓄の重要な源となるかもしれません。(強調引用者)


金利が非常に低かったら、年寄りは老後の備えに金利目当ての貯金をやめて、毎年利息やクーポンがつく証券を買ったりするかもしれないよ、という話。貯金するのをやめるんだから、負の貯蓄が増えるんですね。つまり原文通り。5戦5敗。ただしさすがに自信がなかったのか、ここでは間宮は、原文を勝手に直す暴挙には出ていない。だから半分負けて、5戦4.5敗0.5分けにしておく。

次にp.194についた注 (p.390)

このカ所の原文は until the price of its output has fallen to the lower figure with which it is content. である。ここにおける the lower はthe lowest の誤記だと思われる。
訂正して、本文のように訳出した。

ここは、旧設備による高い価格と、新設備による低い価格とを比べている。二つの比較なので、the lower が正しい。ただしこれはふつうに訳せば日本語には影響しないんだが、何やらこの解釈を活かそうとしたのと、そもそも原文の解釈がまちがっているので「これ以上の価格低下に耐えられなくなるところまで設備量は増えつつけるであろう」と訳している。増え続けるのは設備量ではなく、output, つまりその設備によって生産される財のこと! 供給量を増やして価格を下げようとする、と言ってるの! lower とlowest だけの話なら0.5敗で許すが、結局訳をまちがえてるので、1敗(ホントはそれ以上)。6戦5.5敗0.5分け。



1箇所だけありがたかったのは、ケインズの本当の計算まちがいを指摘しているところ(p.174につけた注)なんだが、これは間宮が自力で見つけたのではなく、原著の全集版で訂正されていたものだそうな。間宮の手柄はないので、ノーカウント。(付記、よく見たら、絶対人数のまちがいは間宮が追加で指摘していたので、0.5勝あげようか。7戦0.5勝5.5敗1分け)

これではあまりに間宮が哀れなので、1箇所だけ勝ち点をあげられるのはホッとするところ。p.223についた注 (p.393)

この箇所は原文では、allow the individual no choice between A and B という形となっている。そのまま訳すと、「AとBの間に選択を認めない」ということになって、この後に続く文と不整合になる。したがってここでは原文を allow the individual no other choice than that between A and Bの意にとり、本文のように訳した。


原文と山形の直訳

The only radical cure for the crises of confidence which afflict the economic life of the modern world would be to allow the individual no choice between consuming his income and ordering the production of the specific capital-asset

現代世界の経済生活を襲う、信頼性の危機に対する唯一の過激な治療法は、個人に対して自分の所得の消費と、特定の資本的資産に対する生産発注との間で選択の余地を認めないことです。

ケインズは、信頼性の危機がやってきたらみんな消費も投資もせずにお金をためこんでしまうので困る、だから過激な治療法としては、所得はすべて消費か投資に充てるよう義務づけることだ、というわけ。ここは本当に珍しく間宮が正しい*1。8戦1.5勝5.5敗1分け。これはぼくの翻訳でも反映させていただく。ありがとう。

はい、一応有終の美を……ということでもう十分だと思う。もう自分で訳しはじめたけど、翻訳で間宮訳を参照すべき部分なんか皆無。いくつか訳語で参考になる部分があるかと思って手元に置いてあったけれど、見ないほうがよかったと思えるものばかり。もうこれ以上見るのはやめます。

なお下巻では宇沢弘文が解題を書いている。これは『一般理論講義』とはちがい、動学にしないと、とかIS-LMダメとかいう話はせず、IS-LMの解説であっさりおしまい。無難ではあるが、宇沢の解説である意義がまったくないのも事実。




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山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.

*1:ただし英語的には no choice but between とすればすむ。たぶんケインズも、この but をうっかり落としたんだと思う。