橋本健二『階級都市』:地区ごとに住んでる人の性質がちがうという当たり前の話を延々と述べただけの本。

階級都市―格差が街を侵食する (ちくま新書)

階級都市―格差が街を侵食する (ちくま新書)

総論:常識の反復でしかない。

全体として間抜けな本。都心部に住んでるのはかなりの金持ちで、世田谷杉並中野あたりだと小金持ちくらい、足立区や大田区はちょっと所得の低い人が住んでいるという常識を、本一冊かけて延々と述べているだけ。

1:前振りが無意味で長すぎ

最初は、日本でも最近格差が拡大しているのだ、という議論を延々と続ける。五ページですませるべきでしょ。

続いてグローバリゼーションがどうしたとか情報化と技術がとかいって都市に格差が生じ、という議論をはじめるが、依拠しているのは、サッセンの議論とカステルの議論だ。サッセンの議論のダメさ加減については、かつてアマゾンのレビューに書いた通り。カステルは、ぼくは特に「情報」という概念をあまりに融通無碍に使いすぎていて、あまり意味のある議論ができていないと思う。

だがそれ以上に、後半の議論にはグローバリゼーションとか技術とか、何も話に関係ないのね。単なるこけおどしのための部分だ。

次の部分で都市の構造が階級を反映しているという議論も、単に金持ちが住んでいるところと貧乏な人が住んでいるところがある、というだけなら、それがどうしましたかというだけの話だ。バージェスがとか、ルフェーブルがとか、持ち出しても全然意味がないし、インナーシティ問題とその後の都心回帰や、臨海部の土地利用変化というのは、生じた後なら格差が云々と言えるけれど、でも後付でしかないんだよね。

2. 本論はあまりに常識。

で、やっと半分過ぎて本論。従業員のいる企業オーナーと会社役員がこの人の定義する「資本家階級」で (p.135) 、その分布を見ると都心部や世田谷杉並に多い。これは所得分布や学歴分布とも一致する。こんな具合に、東京においては歴然と格差があるのである!(p.130)

はあ。都心に金持ちが住んでいる。世田谷に振興成金が多い。荒川、台東、足立区はいまいち。それがそんなに意外なことですか? それを改めて「ほらみろ都市に格差が」と言うことで何がわかるんです?

3. 都市地域ごとに格差といいつつ、それが変わるならどうでもいいのでは

そして、棲み分けると言いつつ、この人は高所得層が低所得地域に(新築マンションを契機として)入り込むのを「ジェントリフィケーション」として批判がましくあげつらうが、要するにその地域的な差は固定なわけではないってことだよね。だったら分極化とかいう話はどうでもいいのでは?

そしてそのジェントリフィケーションも、マンションが下町の工場と工場労働者を駆逐し、金持ちが札束で貧しい労働者階級を駆逐し、けしからんというイメージを著者は植え付けようとするんだけど、むしろ工場のほうが後継者問題や製造拠点の地方や海外移転もあって、駆逐される以前にすでになくなっているケースのほうが多いんじゃないの? そのプロセスはもう少し細かく見ないとダメでは? 

4. 結論も不明。その問題をどういう方策でどうしたいの? そして最後はジェントリフィケーション礼賛。

そして何より、それは別にだれかの陰謀で動いてるわけじゃないんだし、その人々が自分たちの損得勘定に基づいてやってることでしょう。それが気にくわないというのは勝手だけれど、じゃあどうしたいの? 公共的に混在を強制し、土地の取引や利用を制限して地区ごとに所得階層別の強制居住ノルマでもつくりますか?

著者は都市計画とか建築とかが実は時の権力=資本におもねって格差の固定化と拡大を目指すのだと言いたげなんだけど、でもその資本は地域格差を無視したジェントリフィケーションするんですよね? そして都市計画とかの歴史は、計画者の思い通りにまったくならない事態の連続なのだ。都市が格差を作り出すとはとても言えない。でもそうでなければ、所得に応じて棲み分けがあるねえ、でもそれが時代を通じて変わるねえ、という以上の話にはならない。

そして基本的にそうしたすみわけは、創発現象でもある。これはシェリングもモデル化しているし、「創発」とかで指摘されていることでもある。

じゃあ著者の結論は何なの? それがねえ……

最後には、墨田区スカイツリーも出てきたし、下町についての悪いイメージも消えてきたし、オフィスの転入や金持ちの移住が促進されて格差が縮小するんじゃないか、という。それに期待をかけたいそうな。

それって、ジェントリフィケーションそのものですよねえ。つまりその時その時では地区ごとの差はあっても、まさにジェントリフィケーションのプロセスを通じてその格差は縮むこともあり、それはそれで結構なことである、と。

じゃあ今まで何を騒いできたんです?

5. まとめ:ダメすぎ。

前半のあまり意味の無いお勉強開陳部分、中間の東京人なら常識に属する地区の特性の差をとくとくと述べた部分、さらにはその後のつまらない居酒屋漫遊記、そして過度の格差はよくないというだけの結論に、結局批判してきたジェントリフィケーション礼賛で意味不明な提言。読まなくてもいいんじゃないですか? ……と書いたら、だれか他の人が採り上げたいというので譲ったけれど、やめたほうがいいんじゃないかなあ。



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