アメリカ経済学会大会のピケティセッション:すばらしい。

21世紀の資本

21世紀の資本

ピケティ『21世紀の資本』は分厚いし、データも重いし、印象批評以上の批判がなかなか出てこなかった。これは日本はもとよりアメリカでも同じ。でも刊行が半年先行した英語圏では、そろそろまともな反論や批判(いい意味で)が出てき始めた。

現時点で、それを最もうまく(そしてまとまった形で)整理したのが、2015年のお正月にボストンで開催されたアメリカ経済学会大会で、グレッグ・マンキューを座長に開催された、ピケティ『21世紀の資本』をめぐるセッションだと思う。その予稿集がマンキューのブログに挙がっている。

GREG MANKIW'S BLOG: Me at the ASSA Meeting (2015.1.1)

批判の概要

いろんな人が各種の点から論じているけれど、特に座長マンキューは、「Yes, r>g: So What?」というきわめて挑発的なタイトルのペーパーを出している(特に格差なんか悪くない、というあたりは、マンキューとしてもわかっていて、でも議論をおもしろくするために devil's advocate として出している部分も大きいはず。書きぶりもそんな感じ)。以下にそれも含め各論文の主要論点。

  • r>g なんて当たり前だ、いままでの経済学の枠組みでも十分に出てくる。ピケティは、経済学で資本が増えればいずれ r=g になる、という議論を批判して、いまはそうなっていない、と論じる。でもそれなら、それまでの期間は r>g になるというのは当然では?(マンキュー)
  • また、資本が増えるには、r の一部が再投資されねばならない。でも実際は、その世代で消費される分も大きく、税金もあり、相続で資本が薄まる。r-g が 3% くらいだと、資本はとても激増なんかしない。(マンキュー)
  • ラムゼイモデルに従い資本家が消費を最適化するモデルを組んでみると、格差は拡大しないで定常状態になるよ。(マンキュー)
  • 資本は成長のもと。資本課税すると、資本蓄積が減るので労働生産性も下がり、賃金も下がる。累進消費税のほうがいいのでは?(マンキュー)
  • そもそも、格差は悪いのか? 底辺層の生活水準さえ上がるなら、格差が広がっても何が悪い?(マンキュー)
  • 資本価値の増分は、保有リスクが減ったことによるリスクプレミアムの低下の反映。資本課税が見えてくれば、その分は消える。(Weil)
  • 人的資本を実際に計測してピケティの主張を検証してみた! すると資本/GDPの相当部分がそっちに帰属している。人的資本を無視したのでピケティの主張は歪んでいるのでは?(Weil)
  • 資本の中で住宅が占める割合が高い。すると生産財の収益率の数字が歪んでいるのでは?(Auerbach/Hassett)
  • またアメリカは、資本/GDPが上がっていない。だからアメリカでは資本課税しても意味なくね?(Auerbach/Hassett)
  • (その他、この論文は思いつきを羅列した感があり、他にもいろんな議論は出ているがここには挙げていない)

ピケティの回答(主にマンキューに対する部分)

  • r>g ばかり強調されるのは不本意。他にもいろいろ格差の決定要因を挙げているのに。r>g は、19 世紀までの話の説明としては重要だが、20 世紀戦後や、21 世紀の予測にも不適切(山形の心の叫び:な、なんだって〜〜!!)
  • また、所得格差の説明にも r>g は使えない。
  • r>g は、各種ショックから生じる格差の安定状態を左右する。代表的エージェントではない実際の人々はちがうショックにさらされ、それが r からの貯蓄率を左右し、それが定常状態の格差を左右するのだ。それを考慮したシミュレーションをやると、トップ層の所得や資産シェアがぐーんと上がる結果になるよ。
  • 累進消費税は、実施面でも効果の面でもいろいろ筋悪です。

感想

ぼくも含め、『21世紀の資本』の中心的議論は r>g だと思っていたので、それがそんなに効かないという最初の回答にはびっくり。20世紀はそれが効かなかった、というのはもちろんあの本の重要な主張だからわかる。でも今後それがガンガン効いてきますよ、というのが主要な主張じゃなかったっけ? だから 21 世紀は資本が重要だって話じゃなかったっけ? もちろん、議論がそれだけじゃないというのはその通りではあるんだけれど。

あと、人的資本を考えてないという批判はよくあるけれど、まがりなりにも数字を使った議論は初めて見た。これで資本/GDP比率の相当部分が説明つく、というのは非常におもしろい。それ以外にどれも感想レベルではなく、きちんとした反論になっていて、非常に勉強になります。

この結果、1/3のセッションがどうなったのかというのは、どこかにビデオがアップロードされていたはずだけれど、まだ見ていない。でも、この批判を見てもそれなりに中身があるものばかりで感心。こういう生産的な議論ができる(そしてそれが惜しげもなく公開される)というのはすばらしいなあ。

付記

実際のセッションの動画は以下とのこと:

https://www.aeaweb.org/webcasts/2015/Capital.php

まだ見てません。




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