ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』

夜毎に石の橋の下で

夜毎に石の橋の下で

ペルッツは、昔かの名作『第三の魔弾』を読んで、七〇年代くらいのラテンアメリカ作家だとばかり思い込んでたんだよね。それが20世紀初頭の東欧作家とは意外や意外。

で、これはそのペルッツのかなり後期の作品……と書くことにどこまで意味があるのやら。狂王ルドルフ二世に、大富豪のユダヤ人商人、その妻、その財産、ユダヤ教司祭に天使、そのそれぞれの運命が本人すら気がつかないほどかすかに、だが多様な形でからまりあい、そのかすかなからみあいが、それぞれの人生を大きく変えている――読むうちにそれがだんだん明らかになってきて、そして冒頭の短編に出てきた司祭の謎の行動がやがて解き明かされるとともに、すべてのパズルの駒がおさまって、大きな悲しい絵ができあがる――そしてその絵も、もはや語り手が語る時点ではすべて過去のものとなり、これまたかすかな痕跡が残るばかり。

ラノベに代表される下品な小説みたいに、なんかいちいちでかい事件が起きて、いちいち主人公が「うぉぉぉ」とかわめいたり爆発が起きたり、ラスボスが出てきて「ふっふっふ、実は我こそは」とか説明してくれたりしない。説明がむずかしい本で、とにかく読んで、としか言えないし、ある程度の辛抱と頭のバッファがあって、いろんな宙ぶらりんの糸口を宙づりにしておく能力がないと、それがだんだんとつながって大きな輪になるおもしろさあは感じられないだろう。こういうのをうまく説明できたらな、とは思う。最近、小説系があたりが多いので、それをまとめてとも思ったけれど特に共通点もないのでそれもむずかしいし。

でも、静謐でありつつ運命の残酷さとそのはかなさみたいなのをゆっくり感じたい人にはお勧め。夏よりは冬に読みたい小説だと思う。



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.