honz『ノンフィクションはこれを読め』:まあ、ぼくの足もとにも及びませんな。

ノンフィクションはこれを読め!  - HONZが選んだ150冊

ノンフィクションはこれを読め! - HONZが選んだ150冊

この本のもとになっている Honz という試みについては、かつてこのように酷評したし、その成果であるこの本もその期待を裏切るものではなかった。

Honzにある書評のほとんどに共通するダメなところというのは、基本的に、評者が本を読んで「おもしろかった」というのを、その本の中だけで閉じて言っていることだ。その本の範疇を出る書評がほとんどない。

たとえばHonzで最近見かけた、ユニクロ柳井『現実を視る』の書評というか紹介

これ、実は小学校の読書感想文と大差ないものだというのはすぐわかると思う。あらすじやいくつかおもしろいエピソードを紹介して、最後に「ぼくももっと勉強しなければいけないと思いました」「いろいろ考えさせられる本でした」と書いておしまい。

ぼくは、あの本を評するならそこで言われている主張の多くが、かなり凡庸でありきたりであることを指摘する必要はあると思うのだ。日本人はダメになった、財政赤字が大変だ、役人はダメダメ、日本人は誇りを取り戻せ、厳しい環境で叩かれて鍛えられろ、志を持て――このどれ一つとして、まったく目新しい主張だと思う人はいない(でしょ? ときどき世間の水準というのがとてつもなく低くて驚かされることがあるもんで)。では、なぜわざわざ評者はこうした凡庸な見解を述べる数多くの本のうち、わざわざこの本を採り上げているのか? 柳井はそれを特に目新しい言い方で言っているか? この主張を裏付けるさらなるデータや証拠を持ち出しているのか?

そう思って読んでみると……そうでもない。書き方も、あまり工夫はない。吉田松陰がどうしたこうしたというんだが、企業の人間が戦国武将やら幕末志士やらを気取ってみせるのも、ホンッとにありきたりで恥ずかしいくらい。本好きというなら、そのくらいはすぐ気がつくよねえ、と思いたいところ。が、そこらへんの指摘はまったくない。あなた、どういう本の読み方してきたんです?

Honzの(すべてとはいわないが)多くの書評/紹介はこの域を出ない。むろん、感想文も上手下手はある。でも、それを他とつなげる発想はまったくない。同時期に出ていた他の本と比べてそれはどうなのか、いろんな思想や考え方の歴史の中でその本は読むべきなのか? おもしろいのはいいけど、それは妥当なのかそれとも眉にツバをつけるべきものなのか? そういう視点皆無。

こうした点で、この書評集はぼくはあまり評価できない。Honzはぼくの訳書なんかもときどき採り上げてくれて、感謝はしていないわけじゃないんだが。でも書評としてはぼくのほうがあらゆる点で上。ただしもちろん、ぼくのような観点が唯一絶対というわけじゃなくて、感想文が好きな人もいるんだろうとは思う。さらにぼくが度し難いナルシストである可能性は否定できないし、またぼくが潜在的な競合を貶めて己の価値を高めようとしている可能性はあるので、その点はご留意を。



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