竹下『イスラームを知る四つの扉』:いいことしか書いてない。

イスラームを知る四つの扉

イスラームを知る四つの扉

イスラム教についての一般向け解説書。イスラムはすばらしい、普遍的で、開かれていて解釈も自由で、宗教的な階層や権威もなく、ちがう解釈が出ても誰もそれを禁止することはできず、いまや精神性を失ってしまったヨーロッパの心の穴を埋める存在で――と、すべていいほうに解釈している。文化や科学の話でも、かつてイスラム文化はすばらしく、科学も暗黒の中世を埋める世界に冠たる発達をとげ、という具合。

いまイスラムについて知ろうとする人が興味を持つような話はほとんどない。聖戦/ジハードについての説明はまったくないし、それが現代のテロとの関連でどうなのかも言及なし。イスラムは進化論を否定していて科学者たちが苦しい立場にあるはずだし、パルヴェーズ・フッドボーイが指摘する愚かしいイスラム科学の蔓延などもあって、それは単に一部の偏狭な解釈というだけではすまないはず。それはどうなってるの? まったく言及なし。近代化についての話がある、というので探すと、唯一あるのはトルコでのヴェール着用に関する話のみ。いまのイスラム圏でのすさまじい男女差別はどうなの? そこらへんもなし。

イスラームと科学

イスラームと科学

基本的にはイスラム教の宗教の話で、ムハンマドの啓示から始まる草創期の話、イスラムにおける天国と地獄の話や天使の位置づけ、スーフィズムなどに力点がある。もちろん宗教思想の学者さんの書いた本なので、宗教の教えや信仰に関する話ばかりなのは仕方ないのだろう。でもぼくは信仰というのは紙の上の話ではなく、その実際のあらわれかたこそ重要だと思っているので、宗教概説書としてもぼくにとってはこれでは不満。信仰の話も従来のたくさんあるイスラム教概説書より特におもしろいとは思わなかった。とりあげません。



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