ハーマン・カーン『紀元2000年』の技術予想はそんなに悪いか?

先日訳したクルーグマンの未来予測記事では、ハーマン・カーン『紀元2000年』がボケ役に使われていた。全然当たっていない、といって。

cruel.org

いや、必ずしもそういうわけではない。正直いって、このクルーグマンの文章はかなり支離滅裂感のある書き殴りだ。カーンは経済学者じゃない。そして実際、このカーンの本の予測はかなり当たっている。それはクルーグマンも認めているのだ。

そして実は、かなりいい成績を挙げている。きわめて可能性が高い中には、実際に起きた多くの技術的な大変化が含まれている。(中略)1967年以来の重要な技術的発展で、この一覧に入っていないものは一つとして思いつかない。

 彼のまちがいはすべて反対方向のものだった。彼が予測した多くの技術的な発展は、革新的な新エネルギー源、劇的に安い建設技術、海底都市などは実現しなかった。実のところ、ぼくが数えたところでは「きわめて可能性が高い」としたイノベーションのうち、実現したのは主に情報処理分野での1/3でしかない。残り2/3は実現していない。

33年後の重要な技術発展のほぼすべてを当てたなら、大したものじゃないの?「予想はほぼまちがっているのか」なんて言われる筋合いはあるのか?

そして文中で、お掃除ロボットはできていないと書かれているけれど、2002年にはRoombaが登場とか、数年後にはできたようなものもある。

だからこれを根拠に、技術は全然発展していないよ、停滞しているよ、と言う文章は、ぼくは納得がいかない。そこで、わざわざ図書館でこのカーンの本を借りてきて、いったい彼が何を予測したのかを書き出してみました。

docs.google.com

困ったことに、翻訳は技術的な素養がまったくない人物がやっていて、かなり怪しげな部分はある。また書き方が漠然としていて、何を想定していたのか全然わからないものもある。

それでもざっと見た限り、「実現したのは主に情報処理分野での1/3でしかない」という書き方は、ぼくはかなり不当だと思う。特に、期間をのばして現在で見れば成績はずっとよくなる。大型航空機や大型コンテナ船、後にはドローンも含めた輸送革命、品種改良やGMO、店舗の自動化その他、ITにとどまらないかなりの部分をそれなりに当てていると思う。

そして当たっていない部分はどんな傾向が言えるか?

まず人間の薬物や遺伝子による改変みたいな部分はかなり期待されていたようだけれど、あまり成功していない。睡眠化以前、疲労回復、教育や学習の新方式や速習のようなものがあまり大きく伸びなかった。冬眠というのが二度も出てくるんだけれど、そんなに夢があると思われていたんだろうか?

原子力や核利用の夢も大きかったけれど、破綻した。宇宙開発、海洋開発もあまり進まなかった。ホントならうちの子は今頃はシーガム噛んでホワイティと遊んでいたはずだが、そうはいかなかった。

www.youtube.com

あとは軍事っぽい話は……×にしたけれど、どうなんだろうねえ。ただ戦争の形態が変わり、何かあればICBM撃つぞ、という話ではなくなって、技術の方向性もまったく変わってきている。ドラッグの話とか暴動鎮圧は、60年代はみんな気にしていたんだねえ。

すると言うなら、巨大技術系は全体にいまひとつ、というところだろうか。社会工学も含めた部分は、社会の道筋が変わってしまったために、追求されなくなったところが大きい。あと、人間改造系 (身体および精神をいじる各種の技術) は予想通りにはいかなかった。これは、技術的に思ったより複雑だったせいと、あとは変なポリコレの結果も大きいかな。

でも一方で、エネルギーも建設技術も輸送技術も、地道な改良の積み重ねでかなりきている。するとぼくは全体に、あたらなかった理由の相当部分は社会の変化が読み切れなかっただけではという気がする。

本の前のほうには、この技術予測の考え方が書かれている。大きな分野として上がっているのが

  1. 原子力
  2. 核戦争
  3. エレクトロニクス、ITとオートメーション
  4. レーザー
  5. ホログラフィ
  6. 人間の生物学的操作

ホログラフィはなぜあんなに期待されたんだっけ。情報の高密保存とか3Dディスプレイの可能性とかだったっけ。この大きな分類の中で、純粋に技術的に思ったほどのびなかったのはこれだけか。大きくはじけたのが真ん中の二つ。だから全体の1/3なんだね。あとは上に書いた通り、社会環境変化で進歩の方向性がちがってきたという感じ。

そしてそれを考えたとき、この本の楽観的な経済予測が当たらなかった原因は技術見通しがダメだったから、というクルーグマンの主張は、ぼくは不当だと思うな。オイルショックソ連崩壊、冷戦体制の終わり、アジアの急成長、人口増大の激減、そういったその後とうてい予想できないような事象からくる社会の変化こそが、予想があたらなかった最大の原因ではある。それをすべて見通せなかったといって責めても、あまり意味はない。

ちなみにこの本では、日本は2000年まで年7%成長を続けて世界の覇権国になるのが確実、とされている。うーん、そういう時代もあったんだね。

が、いろんな予想の仕方とか、結構おもしろいよ。シナリオの作り方とか、いまでも充分に通用するものだ (というかこれに近いこと、各種のシンクタンクの未来予測でやってるよね)。そうそう捨てたものではないと思うな。

が、ホントにこんなことしてないで、また『マヌ法典』読まないと……