環境エネルギー政策研究所なるところの FIT 翼賛論は怪しすぎ。

日経 ビジネス Associe (アソシエ) 2012年 02月号 [雑誌]

日経 ビジネス Associe (アソシエ) 2012年 02月号 [雑誌]

日経アソシエ」2012年2月号に、「2012年14の『大論点』」なる記事が出ている。飯田泰之とか片岡剛士とか若田部昌澄と安藤至大とか、マクロ経済問題や労働問題について実に簡潔ですばらしい主張を展開していて、是非読むべきなんだが……

その中に、自然エネルギーについて環境エネルギー政策研究所なるところの古屋将太なる人物が、わけのわからない文章を寄せている。これ、徹頭徹尾、意味不明なんだよね。

自然エネルギー向け FIT は「リーズナブル」か?


まず、この文章が何を言っているかというと、自然エネルギー育成のために日本もフィードインタリフ制 (FIT) で、太陽光や風力による電力を高めのお値段で買い取ることにした、という政策をほめている。そして FIT に対する批判は、世界の潮流を知らない議論だ、と主張している。

で、ドイツの事例を見ると、FIT で電気料金は月 300 円ほど上がった。これが高いか低いか、というんだけれど、日本の長期的なエネルギー安保を考えれば安いでしょう、そのくらいみんな喜んで払いなさい、という。

まず、これはタイトルで言うような「中長期的な投資としてはリーズナブル」という議論ではない。長期的なエネルギー安保をどう評価するかで、リーズナブルとも言える、そうでないとも言える。そこの評価をどう考えるか、というのをきちんと言わないと、議論として成立してないでしょう。さらに、自然エネルギー投資がリーズナブルかは、FIT 制度の善し悪しとは別物でしょうに。まずそのダメな議論ぶりにげんなり。

文と言ってることが全然ちがうダメなグラフ

そして異様なのが、文章に添えられているこのグラフだ。通常グラフとか表は、文中の議論をサポートするためにつけられる。では、このグラフは文の議論をどうサポートしているのか、と思って見ると……

まず、このグラフは文中で一切リファーされていない。参照されないグラフなんか報告書に入れるな!

が、それをおおめにみて、中身で判断しよう。このグラフを見ると、自然エネルギーフィードインタリフ制で買い取ったら、「正味の追加コスト」は長期的にはマイナス、つまりかえってコストは下がる、と言っている。この「正味の追加コスト」のグラフを見ると、一時的にすら大してコストは上がらない! えー、そうなんですか?

だったらこの文中で、ドイツの事例をもとに300円の電力費用の増加が高いとか低いとか言ってるのは何なの? フィードインタリフにしても高くならないはずなのに、文中ではずっと高くなるという議論が展開されている。なんですの? どうしてこのグラフをもとに、「高くなりません!(きっぱり)」と言えないの?

そしてこのグラフをよく見ると、こんどはさらに意味不明となる。

「追加コスト」の基準は何?

ここで言ってる「FITによる追加コスト」というのは、何に対する追加なの? たぶんそのときの自然エネルギーなしの電力コストに対する追加という意味なのかな? が、それもまったく明記されていない。基準のわからない「追加」の議論なんて意味なし。

さらに化石燃料の節約分というのが別立てであるということは、燃料コストの低下はその基準となる電力コスト (あるいは基準のコスト) には反映されていないってことですか? だったらその将来の基準となる電力コストはどういう計算で求めているの? 原子力を除外してある、と注には書いてある。水力はいまや少ないから、その場合の電力コストって化石燃料の価格そのものであるはずだけど?

もしそうだとしたら、そこに化石燃料コストの節約分を考えるのはダブルカウント。そしてもしそうでなく、現状の電力コストが永遠に続くとかいう想定になっているなら、それ自体ナンセンス。とにかく想定が不明なためにまったく意味がない。

なんで化石燃料費の増加率を勝手に二倍にするの?

そしてぼくがホントこいつら信用できねーな、と思ったのが、グラフの下に小さく書いてある前提。「化石燃料の価格上昇は、IIEA の予測の2倍で想定し」。

……なんで倍で想定するのよ。ライバルを勝手に倍の上昇率にすれば、そりゃこっちが相対的に有利に見えるでしょうよ。こういうインチキしないと有利な議論ができないってことは、結局このグラフ、ひいてはこの人の議論が実はまったくあてにならないからじゃないかと勘ぐられても仕方ないんじゃない?

ついでに、左縦軸の単位は何? 追加(節約)費用なら、円とかセントじゃないの? なんで「キロワット時」なの? とにかくあらゆる点で落第。

世界ではFITはだんだん縮小の方向のようですよ。

さらに、この文章から離れて、FIT の現状はどうなっているんだろうか。この文章によれば、FIT はすでに世界の潮流であり、それを批判する人は無知蒙昧ということだ。でも、本当だろうか? こんな記事を見てほしい。

UK and Germany cut solar feed-in tariffs (Optics, 2011/10/31)


ちなみにこれ、太陽電池業界の業界誌なので、むろんFITがあればウハウハ。それが縮小されるので、大変だという記事だ。すでに本稿でえらい例として挙がっているドイツや、その他イギリスでは、PV 価格が充分に下がってきたために FIT はもはや縮小しようということになっているとのこと。文中で、FIT は自然エネルギーへの投資リスクを下げると書いているけれど、こうした政策リスクがかなりあるということだ。さらに PV 価格低下で、もはやそんな不自然な利権の温床となる仕組みを導入しなくても、市場原理でかなりいけそうということだ。

だったらなぜ FIT なんかやる必要があるんですか?

まとめ:こんな環境エネルギー政策研究所って信用していいの?

この環境エネルギー政策研究所って、原発事故の後にやたらに親分の飯田ナントカという人が宮台信司なんかとつるんであれこれきいたふうなことを言っていた。でも本稿を読んで、この研究所が実はあまり信用できないことはよくわかる。ポイント:

  • いったいどんなFITを想定しているのか、あまりに説明不足。
  • 想定の基準を恣意的にゆがめて平気。
  • このグラフをもとにするなら、なぜ「高くなりません、安くなります、だからリーズナブルなんです」と胸張って言えないの? 文章での主張とグラフでの議論がまったく関連していない。自分でもこのグラフに自信がないか、きちんとした数字ベースの議論をそもそも軽視しているのが見え見え。
  • その海外での FIT の現状は、すでに PV 価格の低下などからもはやあまり正当性がなくなりつつある。少なくとも以前より力点は弱まっている。それを無視して FIT すばらしいという議論を平気でする。

以上の点から、ぼくはこの環境エネルギー政策研究所の言うことは信用できないと思う。たぶんまったくのウソではないけれど、こうした多くの恣意的な我田引水を行っている可能性を否定できない。

自然エネルギーが広く使われるようになれば本当にすばらしい。そしてその価格がどんどん下がってきているのも、結構毛だらけ。でもそこに、市場をゆがめて利権を作り出す FIT 翼賛の旗を振っていいのか? 自然エネルギー市場の健全な成長のためにも、そうした議論には(自然エネルギー推進者こそ)慎重になるべきじゃないの? 自然エネルギー推進者こそ、もっと海外の動向をきちんと把握した議論をすべきじゃないの?

それを欠いた環境エネルギー政策研究所って何? むしろあなたたちこそ、世界の潮流に逆行してるんじゃないの?




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