新しい刑務所のかたち -未来を切り拓くPFI刑務所の挑戦- (ShoPro Books)
- 作者: 西田博
- 出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション
- 発売日: 2012/06/28
- メディア: 単行本
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十年以上前、本書のテーマとなる、公共施設の整備運営を民間に任せるプライベート・ファイナンス・イニシアチブ(PFI)制度の海外事例を調べたことがある。単なる民間事業委託ではない。事業の自由度を高め、民間の創意工夫の活用で、低コスト高サービスの提供がPFIの真骨頂だ。前例主義や形式主義、事なかれ主義のお役所がそうした自由度を容認するかが課題の一つとなる。
そうした自由度の最もなさそうな刑務所に、この仕組みが導入されたというのには驚いた。
だがそれは、嬉しい驚きではあった。著者はこのPFI制度の導入を機会に、刑務所自体の大幅な改革を実施する。閉ざされた「塀の中」ではない、開かれたコミュニティ刑務所の取り組みだ。社会に刑務所を開き、その活動を知ってもらうことで、迷惑施設に留まらない意義(と税収)を持たせる一方で、受刑者の人格を尊重し、生産活動参加を通じた更正支援を強化した、社会復帰促進センターとしての刑務所を著者は見事に実現したという。
欲を言うなら、事業面についてはもっと知りたい。国がやるより安あがりにできたのか? パフォーマンス指標などは? 他の事例でも参考にしたいところだ。今後の公共インフラの整備運営危機については、本欄で採りあげた根本『朽ちるインフラ』などが指摘した通り。そうしたインフラの一部でもこれだけの工夫が実現すれば、問題の相当部分は解決しそうだ。
だがPFIという制度だけで勝手に改革が実現するという甘い話ではない。PFI導入を口実に、著者は特に公共側の刑務所観変革をも促す。成功の鍵は、PFIよりもその部分にありそうだ。それは読者にも、刑務所の実態と今後のあり方を大いに考えさせる。いかにも実用書ながら、制度のアンチョコにとどまらず、法執行やインフラの未来など視野の広がる一冊となっている。(2012/08/26掲載、朝日新聞サイト)
コメント
アメリカの刑務所民営化では、囚人一人あたりXXドルを政府が刑務所運営会社に支払う、ということになっていて、運営会社の事業を保証するため、政府は刑務所を常に満員にしておかなくてはいけないという義務を負うという制度もあって、それって旧ソ連の秘密警察の逮捕者ノルマみたいなことになって、なんかかえって反公共的では、とか結構違和感あったりしたのだ。それでこちらはどんな具合になっているかな、と思ったんだが、文中にも書いた通り事業面の記述は今ひとつ薄くて、それは不満。なんか単なる定額制になっているような感じなんだが、どうなんだろ。
でも、PFIを口実にいろんなものを変えようとする著者の意気込みは非常におもしろい。もちろん、著者はすべてがうまくいったと言うだろうけれど、実際に事業者にきけばちがう意見がくるかもしれないね。お手盛りバイアスは常にある。そこらへんは聞いてみたいところ。でも、最近でも民営化失敗の話とかを訳していて、成功例もちゃんとみたいな、と思っていたのでいいタイミングだった。
ツイッターとかで話題にしてくれた人があまりいなかったので、みんなそんなに関心ないのかな。ブログとかツイッターとか見ていると、人はものすごく卑近な話(酒飲んでゲロ吐いた−、とか)と、なんか高踏的な話(日本人の尊厳とは、とか政治家の品格は、とか経済のナントカは、とか)はしたがるけれど、でも中間的なところがない。でも、それはまさにそういうものがどうでもいいからみんな気軽に口走れるだけで、ぼくは本当に大事なのは、こういうくらいの中間的なものだと思っている(というのはどっかの本の序文でも書いた)。その意味で、ぼくは書評でもこういう実用書もやんなきゃいけないと思っている。書評欄もなんかみんな高踏的なものをやりたがるでしょう。でも中間的なものをできそうな/やってくれそうな人がほかにいないから……
追記
クルーグマンが、民営化刑務所について非常に批判的なことを書いていると教えてくれた人がいた。ふむふむ。そうそう、上で述べた民営化失敗の話というのはこの手のやつ。
ただクルーグマンは昔、イラク侵攻のときに軍事の物流の一部がハリバートン系に民間委託されたのが大失敗だった(戦闘になると民間人は逃げちゃったって)と書いて、軍事の民営化なんかできないと言っていたんだけれど、ポースト『戦争の経済学』を読んだ人なら、民間傭兵のほうが、アフリカの貧乏国の薄給烏合の衆軍隊よりよほど有能だった事例もご存じと思う。(シンガーも読まなきゃ、と思ってるんだが積ん読のまま)。民営化が即いいとか、即悪いとか、そういうことではないと思う。その意味でも、本当に事業っぽい話とか公共刑務所との費用面での比較とか、そういうのもほしかったところ。
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