三橋『昆虫食文化事典』:昆虫食そのものから、それをとりまく古今の文化まで網羅した力作。

昆虫食文化事典

昆虫食文化事典

虫と言ってもしばらく前に本欄で書評の出た快著『「腹の虫」の研究』は観念としての虫の話だったが、こちらは本当に腹に入れる虫の話だ。ちなみに入門者には日本のバッタの佃煮かラオスのコオロギ炒めが個人的にはおすすめ。イモムシ系はぼくですらハードル高いっす……
閑話休題、昆虫料理の本は意外と多いが、このシリーズの前著『昆虫食大全』は分厚さも網羅性も群をぬく一冊だった。しかもキワもの紹介に終わらず、各地の虫の正確な同定まで行い、実用性ばかりか専門性も高かった。
が、その続編の本書はさらに踏み込み、世界各地の昆虫食の文化を扱う。料理法や味の分析だけではない。虫の捕まえ方、その職能の社会的地位、文化の基盤となる虫自体の分布や気候特性との関わりや、はては経済的な分析まで考察された本当の「事典」だ。楽しさ重視の読み物としては、同著者の『昆虫食古今東西』(オーム社)のほうがおすすめだが、深さでは本書に及ばない。各種研究論文をがっちり参照して網羅的。
その意味で本書はむしろ昆虫食を通じて人間を見返し、人間文化自体の多様性や意外性をも教えてくれる。身の回りの手軽なタンパク源だった昆虫食も、都市化と共に廃れつつあるところも多い。その意味で、本書は失われつつある文化の記録としての面も持つ。
が、映画やマンガなどに登場する昆虫食まで網羅した、懐古趣味に留まらない広がりも本書の魅力だ。一部地域では、いまや昆虫が肉より高価な嗜好品として養殖されている。また本書には未裁のようだが、カンボジアの一部ではクモを食う。ポルポト時代の食糧難での苦肉の策が定着したとか。一方の欧米では、テレビの影響もありサバイバル系レジャーの一環として昆虫食が市民権を得つつあるようだ。文化も地域や時代と共に変わり、昆虫食の意味も変わる。こうした新しい動きも含めた更新版もいずれは期待したいところ。(2012/8/12掲載、朝日新聞ページ)

コメント

とても勉強になる本。日本の虫探し技法として名高い綿追いがあちこちで禁止されているとは知らなかった……

ディスカバリーチャンネルの Man vs Wild でいちばんの人気場面といえば、昆虫食で、やらせ捏造疑惑があれこれ指摘されたときにも「でもムシ喰ったりウンコ水飲んだりは捏造できない」ということで許してもらえた感じ。TLCでも世界ゲテモノ食いで、昆虫食は注目度高いし。

でも、著者は昆虫食に未来の食料難解消手段として注目しているけれど、ラオスでは食用コオロギは工場で養殖とかで意外と高いみたい。そのうち高級食材になったりするかもね。もちろん本書にも工場養殖の話は出ていて、網羅性はホントに高くて感動。「はだしのゲン」に昆虫食の場面があるなんて知りませんでした……



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