後半は、レーニンが「封印列車」で帰国するところから。その後レーニンは十月革命を経てソ連邦をなんとかまとめあげ、NEPを導入。ただしその過程はきわめて場当たり的で一貫性に欠き、朝令暮改。残虐な粛清や恣意的な利益誘導に満ちていたことを本書は素直に描く。レーニンを万能の社会主義のシンボルと盲信し、無理に一貫性を見いだそうとしてこじつけがましくなった本とはちがい、きわめて納得がいくもの。また、確執はあったものの、スターリンのやった悪行はすべてレーニン時代に先例があったことも明確に描かれる。ある意味で、レーニンとて非凡ではあるが普通に限界のある普通の人だったことが失望とともに安堵をもたらしてくれるし、そこにかれの妻やイネッサ・アルマンなどとの関係もからめて、まさに等身大のレーニンがあらわれてくるとてもよい本。
ただし著者の書き方はかなり予備知識を要求する。封印列車でロシアに戻ったレーニンは、「四月テーゼ」なるものを演説でぶちあげて、それを聞いた人々はレーニンが発狂したかとさえ思った、というくだりがある。ふーん。それはすごい、どんな代物だったんだろう、と思って読み進めると……その四月テーゼ自体の要約や引用はまったくない。
これは上巻を含め他の部分でもそうで、各種著作の背景や反響の記述は詳しいが、その著作自体の中身についての説明は、かなり控えめ(ダメな部分の指摘は詳しい)。また十月革命など大事件の記述や、スータリンやトロツキーなどのメインキャラの登場も非常に淡々としている。途中で、いつの間にスターリンがこんな重要な地位についているのか、あわてて戻って読み返さなければならなかったことも多い。そして愚直ではあるが、原文のちょっとしたレトリックやニュアンスに鈍感な翻訳は、それを一層平板にしていている感はある。しかしまちがってはいないし、レーニン像の基盤としては無敵の本である。一方で、あわせて主著の概略をどっかで勉強しておくのは不可欠で、これ一冊でお勉強がすべて片付くわけではない点には注意。
まだrejectされてはいないが、載りますかどうか。<--載った。
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