アマゾン救済 2007年分

パーキンス『エコノミックヒットマン』: 根本的な発想からおかしいデタラメ本, 2007/12/21

エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ

エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ

 アメリカが各種グローバリズムだのなんだのを通じて貧乏国を搾取しているというお話は、一抹の真実を含んでいないわけではない。本書はそれに便乗した本で、各国をODAで借金漬けにすることでアメリカが経済覇権を確保しているという陰謀論を展開するんだが、そもそもの発想が根本的におかしいために、まともなフィクションにすらなっていない。

 考えてほしい。アフリカにAという貧乏国がある。さて、アメリカとしてはここがマレーシアのようになってほしいだろうか、アフガニスタンのようになってほしいだろうか? マレーシアなら、工場を作って(アメリカに比べれば)安い賃金で人に働き、米企業は安く製品を作れる。それによって現地の人々が豊かになり、アメリカの製品も買ってもらえる。軍事的にも、政治的にも、周辺国に対してそれなりの発言力を持てる。アメリカにとっていいことづくし。それに対して、アフガニスタンなら何もできない。ついでに、貸した金も絶対に返ってこない。

 つまりその国を借金漬けにして貧困のままにしても、アメリカにとっていいことは何一つない。そもそもODAは、国があまり貧乏になって借金漬けになるとナチスみたいなのが出てきてかえって面倒だという第二次大戦の反省から出ているから、貧乏国を貧乏のままにしておくという発想はそもそもない。だからこんな経済ヒットマンなんていう代物を使う意味はまったくないのだ。したがって、そんなものは存在しません。理屈になってないところを探してツッコミ入れつつ読むにはおもしろいかもしれないけれど、まともな経済本だと思って読まないこと。

ソープ『ディーラーをやっつけろ』: おもしろいが実行は困難(ルール変更も影響), 2007/11/27

ディーラーをやっつけろ! (ウィザードブックシリーズ (109))

ディーラーをやっつけろ! (ウィザードブックシリーズ (109))

  • 作者: エドワード・O・ソープ,増田丞美,宮崎三瑛
  • 出版社/メーカー: パンローリング
  • 発売日: 2006/10/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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おもしろい本。ブラックジャックは、特にカードが残り少なくなったときには、それまでの札の出具合に応じてプレーヤーに確率が有利になる場合があることを指摘してその機会の検出と利用法をルール化、アメリカのギャンブル業界を震え上がらせた一冊。

が、邦訳は現在の状況を書いていないので不親切。ラスベガス(ネバダ州)では、本書にあるカードカウンティング自体が違法。また気に入らない客は理由なしに放り出せるので、カウンティングをしていると思われたらすぐにピットボスから出て行けと言われる。これに対抗するためにチーム式のカードカウンティングが編み出され(詳細はメズリック『ラス・ヴェガスをブッつぶせ』参照)たが、バレるとかなり不愉快な目にあうとのこと。そしてプレーのルールも変わり、シングルデックのテーブルもほとんどなくなり、さらにナチュラルのボーナス得点が減らされたために、長期的には胴元側がかなり有利となってしまっているので、昔のようなうまみはまったくないとのこと。

また本書のルールは結構複雑で、きちんと実行するのはなかなか困難。出版当初は、これで儲けようとしてカジノにきたものの途中でまちがえたり、しばらく負けが続くと本書のルールを守る気をなくしてしまう付け焼き刃の素人がたくさんやってきて、みんなかえって損をしていたとのこと。本書は、確率をもとにした厳密な運用という点では非常におもしろいし歴史的意義もあるが、いまこれを持ってラスベガスに行こうとしている人は、考え直したほうがよろしいですぞ。

みうら『アウトドア般若心経』: 現代の「写経」!, 2007/11/27

アウトドア般若心経

アウトドア般若心経

看板の文字の写真だけで般若心経を完成させるとともに、それを現代訳するというみうらじゅんでなければ思いつかない変な企画。写真でお経を作るから、これぞ現代版の「写経」! きわものなんだけれど、でもそれがなかなかに無心な感じを出していて、無意味なことをやっている果てにたどりつく境地のような、まさに写経の神髄とも言うべきいい味出してます。外に持ち出して一文字ずつ読んでいくのがぴったりな感じ。そして内容的にも意外なほどきちんと読めているのには敬服。

SONY GPSロガー: 悪くはないが、GPSロガーとしては、いまやでかすぎだし付属ソフトも弱い, 2007/11/16

ソニー SONY GPSユニット GPS-CS1K

ソニー SONY GPSユニット GPS-CS1K

いわゆるGPSロガー。15秒置きにGPSで居場所を記録保管してくれます。都市部での移動が多いため、どこまで精度が出るか不安でしたが、最初に衛星を見つけて記録を始めるまでちょっと時間がかかるものの(開けたところでしばらく立ちつくさないと無理)、いったん記録が始まると町中でも意外にデータを拾ってくれます。中層マンション中心の自宅から駅まで、高層ビルの並ぶ丸の内で昼飯を食いにいく道筋など、そこそこの精度で拾ってくれるのは感心。

ただし付属ソフトは、データを吸い出す以外はあまり使えません。フリーソフトのtrk2googlemaps and kml を使うと、google mapやgoogleアースと連動できて非常に使途が広がります。欠点としては、特に衛星を探しているときは(圏外の携帯と同じで)ものすごく電気を食い、単三電池一本で一日もちません。またGPSロガーとしてはかなりでかい部類となり、WintekやGlobalsatなど台湾メーカーの超小型ロガーと値段も性能も似たり寄ったりかそれ以下で、決定的な魅力に欠けます。かばんにぶら下げておくのもためらわれる大きさで、それでもぶら下げておいたらちょっとしたはずみで付属の引っ掻け道具が外れて、チャンギ空港でなくしてしまいました。

悪くはない製品だと思いますが、2007年末の時点では積極的に押す感じでもありません。

佐野『計算力がつく微分方程式』: ありそうで(あまり)なかった、微積分の問題集, 2007/11/9

計算力が身に付く微分方程式

計算力が身に付く微分方程式

 受験時代は、理論の説明なんかよりもとにかく問題集を解きまくることでまず技術を身につけて、それから理論の深いところを考えるようになっていたけれど、大学に入ったら問題は教科書の章末にちょっとあるだけで、「小手先のテクニックよりまず本質を理解すること」と言われてなかなか手を動かすこともなく、解析学線形代数に落ちこぼれてしまった人は(ぼくを含め)多い。これはそんなあなたのための、ありそうで(あまり)なかった微積分の純粋な問題集。

 ある解き方を教わったらとにかく手を動かして20-30問同じパターンのを解く。理屈はいいからまずは小手先の機械的なテクニック。明確に割り切ったことで、非常に使いやすくなっている。五月以来、数学系の講義に出なくなった理系一年生のあなた! いまからこれで手に学習させればなんとかなります! (あと受験参考書的なのがほしい人は小寺平治のやつがおすすめ)。

 実はこれは、最近出た本でファインマンも推奨しているやり方。とにかく反射的に微積の計算ができるようになること! 受験テクニックは、実は小手先ではなく、勉強の王道。本書で受験と同じやり方で大学(一年くらい)の数学も制覇してくださいな。安いし。

ルキヤネンコ『デイウォッチ』: 「光」と「闇」のかきわけが不十分で、話の大枠がまったく見えない。, 2007/11/9

デイ・ウォッチ

デイ・ウォッチ

 「ナイト・ウォッチ」は光の側から、それに対してこの「デイ・ウォッチ」は反対の立場からこの戦いを描いている……はずなのに、ディテールの書き込み不足のために(これだけ長いのに)雰囲気も何もまったく変わらない。闇ならではの生活の特性があって、それが光の側とはまったくちがうものなんだけれど、でも一歩入ってみると両者は共通点があった、という書き方ならば読者の共感もあろうが、これでは両者が何を争っているのかもわからん。両者の「これをやらなければ死んでしまう」「絶対にこれを実現しなくてはならない」という切実さはまったくなく、どっちも人間からエネルギーをかすめとって、好き勝手に人をあやつって、長生きして、お気楽なもんじゃありませんか。  小説としてのへたくそさも相変わらず。前作のアントンとスヴェトラーナでもそうだけれど、会ったら一目惚れで愛しあいました、という木で鼻をくくったような不自然な話が、大仰な「ああ!」「でもなぜ!」「やはりあたしは彼を愛しているのだわ!」という独白で展開されてゲンナリ。重要な展開がまたも最後になって唐突に伏線なしで持ち出されるし。  あと、異端審問官と訳されている存在は、別に「異端」を摘発しているわけじゃないので単なる「審問官」でいいでしょ。その他ブルガーコフの訳ではそこそこ読めたこの訳者ですが、いま一つラノベ的な勢いが訳文になく、小説としての不自然なできの悪さをきわだたせてしまっているのは残念……だが残念がるほどの小説でもないので、まあいいか。

(2017年コメント:このレビュー、読みが雑だとどこかで怒られてたんだよね。すみません)

ルキヤネンコ『ナイトウォッチ』: 何でもせりふで説明させるラノベ、世界観も書き込み不足すぎ。, 2007/11/9

ナイトウォッチ

ナイトウォッチ

 基本的には日本のラノベと同じ。なんでもかんでもせりふで説明しないとダメな話の展開、しかもそのせりふが「!」「!」といちいち感嘆符で大仰にしないと気が済まないへたくそさ、大藪晴彦の主人公が中二病にかかったような主人公、歴史を超えた「闇」と「光」の戦い、世界存続の鍵を握る女性が実は主人公の恋人で、最後に彼女は愛か世界かの選択を迫られるようなセカイ系真っ青の展開。まあそういうのが好きな人はどうぞ。

 ただ話としてきわめてつらいのは、「光」とか「闇」とかいちいち太字にして大騒ぎするんだけれど、両者がどうちがうのやらさっぱりわからないこと。「闇」というのが黒魔術師とか吸血鬼とかで、「光」というのがシロ魔術でよいことする連中、らしいんだけれど、えーと両者のバランスの取れた理想的な均衡状態というのは要するに「光」が何もしないで「闇」の吸血鬼たちは献血の血だけ飲んでればいいってこと? 両者が争ったら何がいけないの? 片方が出過ぎたらもう片方がバランスを取るためにナンタラする権利ができるというんだが、それは両者の協定の結果の単なる決めごとなの、それとも自然にそういうことになるの? 自然にそれが実現するなら、相互パトロール必要ないのでは? とにかく根本的な世界観があまりに弱い。悪とされていた存在が実は結構善玉で、絶対善のはずの天使が実は悪、というのはホントありがちな設定なんだけど、両者のかき分けができていないとその設定に何の意味もない。両者は反目しているんだけれど協力しなくてはならないというところにアイロニーがあるはずなのに、その反目の部分がまったく説得力ある形で書かれていない。運命のチョークだの運命の書だのという重要な小道具が、あとから思いつきで出てくるだけで事前に何の伏線もないとか、あまりに小説作りが下手すぎ。おすすめしません。

(2017年コメント:このレビュー、読みが雑だとどこかで怒られてたんだよね。すみません)

ボーム『オズのエメラルドの都』: アメリカの不景気と生体兵器に監視社会と、現代的な難問に取り組んだ意欲作……ではない。, 2007/11/9

オズの魔法使い、原作では第六弾だけれど、邦訳では第四弾。不況期のアメリカにいるドロシーのおじさんおばさんが、不作続きの農場を銀行にとられそうになったので、現実世界を捨ててドロシーと一緒にオズの国に引っ越してきて、仲間たちとひねもすオズの国観光三昧。一方、魔法のベルトを取られたノームたちは、邪悪な同盟軍を集めて、砂漠にトンネルを掘ってオズの国侵略をはかりますが……

 オズの国対侵略軍の戦いは、オズの国側が恐怖の生体改造化学兵器を無批判に使用し、ほんの数ページで終わってしまい、ちょっとがっかり。その兵器は、一見無邪気ながら、人権を無視したロボトミーに等しい残酷なものであると同時に、ピンカーの批判するブランクスレート説に基づくものであり、ボームの時代的な限界があらわれている。一方でよい魔女グリンダは国内のあらゆる事件を監視できる遠隔監視装置を持っていることが明らかとなり、善意の監視とプライバシーの両立というきわめて現代的な課題にも触れられていることには驚かされる。

 が、マジメに言えば、何か切実な目的のために旅する中で仲間が増える、という形式が崩れている。新しいキャラは増えるものの、特に何か活躍の場があるでもなく、単にあいさつしてそれで退場、というのの繰り返しとなり、意外なモノが意外なところで力を発揮することでみんなで何かを達成する、というオズシリーズの魅力に乏しい巻となっている。

ボーム『オズの虹の国』: オズシリーズ唯一の人民蜂起, 2007/11/9

オズの虹の国 オズの魔法使いシリーズ

オズの虹の国 オズの魔法使いシリーズ

オズの魔法使いの続編、シリーズ第二弾。引き続き出てくる主要キャラは、かかし、ブリキのきこり、よい魔女のグリンダだけで、ライオンやドロシーは登場しません。カボチャで人間を作り悪い魔術師に殺されかけたチップくんは、カボチャ人間と木馬と共にエメラルドの都に赴くが、ちょうど都は編み棒で武装した少女軍団に制圧されてしまう。かかしとともに脱出した一行は、ブリキのきこり、歩くバッタなどの新しい仲間を得てよい魔女グリンダの力を借り、エメラルドの都の奪回を目指す……

 反乱軍の美少女指揮官ジンジャーは、権力理論家としても軍事指揮者としてもきわめて優秀で、かかしやブリキのきこりよりも有能そう。活躍がこれっきりなのは惜しい(後に専業主婦として登場)。よい魔女グリンダも含め、他は絶対君主制しかないものなあ。母親にあれこれ家事手伝いをさせられるのが嫌で反乱に立ち上がったという、オズシリーズ唯一の社会主義革命であり、フェミニズム革命でもある。少女たちの戦闘の武器ですら、彼女たちの日々の労働のツールだという徹底ぶり。

『ALIAS 最終シーズン』: 結末を知りたいのは人情でしょうが後悔しますぜ。, 2007/11/7

Alias: Complete Fifth Season [DVD] [Import]

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例によって、また新しい陰謀団体が出てきて、シドニーたちはそれを倒そうとするとともに、ランバルディ装置の話がからむんだが、どういう事情かシーズンを短く切り上げなくてはならなかったようで、何とかオチをつけなくてはというあわてふためきぶりが尋常ではない。数十年にわたり尻尾の片鱗すらのぞかせなかった超秘密陰謀組織は30秒で壊滅、ランバルディ装置もさんざんもったいをつけたあげくに、正体は実にトホホな代物で、世界がどうしたこうしたいうあの予言はいったいどうなったんでしょう。あらゆる陰謀組織に入り込み、すさまじく周到なテロネットワークを築いていたシドニーのお母さんも、復興需要狙いの工事受注で儲けるなんていう、テロリストの風上にもおけないくだらないことを言い始めるし(だったら普通にゼネコンに勤めればいいのに)、ご都合主義なやつは生き返るし、まったく。ここまで見てきた人は結末を知りたいでしょうが、たぶん激しく後悔すると思います。

エイブラハムソン『だらしない……』: いい加減さがかえってよいことも多い、という乱雑派肯定の書, 2007/10/31

だらしない人ほどうまくいく

だらしない人ほどうまくいく

整理整頓、きれい好き、計画好き、きっちり、はいつもよいこととされ、乱雑、ごっちゃり、いい加減、だらしないのは常にダメとされるけれど、本書はそれが必ずしも正しくないことを述べたおもしろい本。整理整頓にも労力とコストがかかるし、未来のことはどうせわからないので計画や予定通りに事態が進むことはかえって珍しい。そんなものは無駄だし、そのために手間暇かけるのは愚かしいし、むしろ柔軟性を削ぐ結果になる、というもの。

乱雑さを愛する人々にはうなずけることばかり。訳も非常にこなれていて読みやすい。

が、原著からかなりカットされている。巻末に、それがすべて著者の承認を得ているという断り書きは(英語で小さく)書いてはあるがいささか不親切。特にそのカットによって、原著の笑えるまぬけな部分(日本の会議でエライ人がすぐに寝てしまうのは高度なマネジメント手法だとかなんとか)は削除されていて残念。また、巻末のポイントまとめ要約は、一応読者への工夫として親切なんだろうが、簡潔に整理してポイントをおさえるというのはそもそも本書の主題に反しているのでは?

とはいえ、原著との齟齬をいちいち気にする人でなければ特に問題視することでもないか。ただし(わが同類たる)乱雑だらしない派の方々は、本書を読んでもあまりいい気になりすぎないよう忠告しておく。多少の整理もバチはあたりませんので。

東『クソマルの神話学』: 着眼点はいいんだが、わかること自体がいけないという妄論はなんとかならんか。, 2007/10/23

クソマルの神話学

クソマルの神話学

着目点はおもしろいんだが結局は最悪の文化相対論に落ちてがっかり。古代人はウンコを必ずしも汚いものと思っていなかったかもしれない、というのを日本神話の各種記述から指摘する部分はたいへんにおもしろい。だが、それを理解しようとすると現代人の枠組みに押し込めるしかないので、結局もう原理的にわかれないんだって。構造分析やフーコーの批判も結局は、「こいつらはわかって結論を出してしまったからダメだ」というもの。わからずにいることが誠実でえらいそうな。んなら学者だの研究だのの意味ないじゃん。ハイゼンベルグじゃないけど、何から何までわかんないのか、ある程度以上の精度ではわからないというだけなのか、わからなさの度合いの見極めだって重要なんだけど、そうした努力は皆無。着眼点だけで星をあげます。

『PolPot (DVD)』: つっこみは浅いが貴重な映像満載。, 2007/10/22

Biography: Pol Pot [DVD] [Import]

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ポル・ポトの一生を一時間ほどのドキュメンタリーにまとめるのは、試みとしては無謀。ポル・ポトカンボジアクメール・ルージュの栄光に復帰させようとしていたというストーリーで推し進めようとするが、当時のベトナム、中国、アメリカ、シアヌーク等々の奇々怪々な合従連衡はとても一筋縄で理解できるものではなく、それを単純なストーリーに押し込めようとしてあちこちで無理は出ている。

しかしながら、ほとんど表舞台に顔を出さなかったポル・ポトの貴重な映像や、クメール・ルージュ時代のカンボジアの光景などは他では見られないものであり、それをまとめただけでも価値あり。かれの故郷の村やパリ時代の下宿も撮影されており、また何人かのクメール・ルージュ関係者のインタビューも、つっこみは浅いがかれらが生きて動いているのを見るだけでもそれなりの感慨はある。関心のある人は必見。

ベスター『築地』: 文化人類学めいた自分語り以外は大変におもしろい、深く広い築地のすべて, 2007/4/13

築地

築地

本書の欠点は、最近の文化人類学のはやりっぽい自分語りの部分で、それはうっとうしい。またレヴィ=ストロースだギアーツだと名前を出してくる割にそれらが何の意味もない場合があるのも時に辟易。しかしそれを除けば、非常におもしろい。日本人が知ってるつもりながら実はよく知らない築地市場について、なぜ仲買人は符丁を使うのか、内部でのゾーニングはどうなっているのか、歴史は、その利権は、はては漫画などに見られる築地市場のイメージは、などありとあらゆる側面から描いてくれるし、また多くの場合には挙げられている経済学や人類学の研究論文が、ちゃんと築地のある側面を理解する助けとなっている。外国人の目が有効に機能した好研究。移転前に是非一読を。

ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦……』: 愛を知らぬイタイ読者の選別装置, 2007/3/10

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))

90歳の主人公は売春宿にいって、14歳の女の子を買って薬漬けにして一年にわたり何度もいじくりまわす。その間、一人で勝手に妄想をふくらませて恋に落ちたのなんのと騒ぎ、その子に貢いだりするんだが、相手の女の子は本書の中で一度も口をきかせてもらえず、完全なダッチワイフ状態。彼女の意志は、売春宿のママさん経由でしか伝えられているように見えるけれど、本物の売春宿を知っている人ならわかるとおり、出てくる話は全部営業トーク。ママさんは「あの子はあなたに夢中よ」「最近店にきてくれないから泣いてるわよ」と言うのが仕事なのだ。

 ネタ元になった川端作品では、こうした売春宿の女将の役割はかなり抑えられていた。本書ではそれがかなり露骨に強調されて下世話になっている。そしてそれにより、幻想的な装いだった川端作品を、ある意味で現実に引き戻してその「真の」姿を見せるものとすることで、川端作品に対する批判として成立している。結局これは、男が金と力とクスリにあかせて未成年の女の子を蹂躙する醜悪な強姦小説で、それを真実の愛だの本当の恋だのと思いこんではしゃぐ90歳のジジイは年甲斐もなくひたすらイタイのだけれど、読者の多くはそれにまったく気がつかず主人公といっしょにはしゃいでみせるだけ。愛の不在を一貫して描いてきたガルシア=マルケスは、まさにそんな脳天気な読者たちの痛さを本書で批判したいのかもしれない。