読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ナポリオーニ『マオノミクス』:中国を歪んだダシに使って欧米憎しをがなりたてた変な本。

マオノミクス: なぜ中国経済が自由主義を凌駕できるのか

マオノミクス: なぜ中国経済が自由主義を凌駕できるのか

いつの時代も、もう欧米自由主義はダメだ、新しい経済モデルが今後は出てくる、という本はたくさんある。社会主義経済は資本主義を効率性で上回りそれを凌駕する、というフルシチョフ「We will bury you!!!」社会主義優勢論があり、日本式経営が資本主義を超えるというジャパン・アズ・ナンバー・ワンがあり(そんな時代があったんですよ、若者たちよ)、EUができたときもそんな話があったっけ。その流れで、欧米自由主義はダメで、中国がいいんだ、という本。資本共産主義、なんだってさ。

まあそういう主張はあってもいいとは思う。「これからは中国の時代だ」なんて『24』ジャック・バウアーのお父さんですら口走ることだし。でも、本書はその議論があまりにひどすぎ。資本主義と民主主義の組み合わせはダメと言いつつ、でも中国は昔は(五百年前とか)ヨーロッパより民主的だったとか言ってみたり、ああそうそう、中国共産党全人代も中国式のすばらしい民主主義の発露なんだって! 欧米は金融危機でもうダメで破綻した、これで資本主義はもうだめだといいつつ、中国は(まさにその資本主義導入で)どんどん成長していていい、さらに交通渋滞への対策を見ても、ロンドンは混雑課金制で金持ち優遇になっていてダメだが、上海や北京は貧乏人も使える地下鉄つくってるから中国のほうが民主的で平等だとか(すいません、世界初の地下鉄ってどこでできたかご存じですか?)、支離滅裂な理屈としかぼくには思えないんだが。中国は人権状況も今後改善されて、新しい民主主義を作り上げるとかいうんだが、そうかなあ。人権状況が少しずつ改善されてきているのは事実。でもそれが、この人のいう資本主義化の部分と、共産党独裁の部分とでだんだん摩擦を生じてきていて、その危ういバランスが今後どうなるかわからない、というのが中国の将来についての一般的な懸念だと思う。本書のように、いまそこそこ経済的にはのびているというだけで、これが安定したESSな状態だと言いつのるのはあまりにおめでたい。

精神分析医たちは、無意識をあつかったフロイト理論という檻さながらの枠組みから抜け出すことに成功した。それができたのはカール・グスタフユングの研究に負うところが大きい。(p.27)

いやあ……そんなことないと思うけどなあ。ちなみに著者に言わせると、マルクスは経済学におけるユング、なんだって。たぶん著者は、ほめてるつもりなんだろうけど、マルクス主義者は「あんなのといっしょにするな!」と怒ってほしいところ。

この二〇年間、アメリカ連邦準備制度理事会のデフレ政策は、金融版プロザックのような役割を果たしてきた。デフレ政策のおかげで西側はうつのきざしはあってもその症状を抑え、経済危機を無視し続けることができたのである。

えー、FRBの政策が(特にグリーンスパン時代)緩和的すぎたという話はよくきくが、デフレ政策、ですって??? それがうつの症状を抑えた?? あんたデフレ政策ってわかってるんですか? サプライサイダーもネオコンも、レーガンサッチャーも、英米はすべていっしょくた扱い。議論乱暴すぎ。

上海や北京を訪れれば、未来都市がどのようなものであるのかも、中国の新しい近代化がなにを意味するのかもわかるはずだ。こうした都市のダイナミズムは、麻薬さながらに、外国人をはじめあらゆる人々を魅了してやまない。(中略)
 いまなおポストモダニズムにどっぷり浸かった西側諸国の主要都市は、上海や北京とはまったく趣を異にしている。退廃的な気運が満ち、政治機構は歳月の経過と規制緩和の影響で機能不全に陥ってしまった。混雑するばかりで効率の悪い交通システムを利用して毎日通勤する人々は、我が身の老いを痛感しているような表情をしている。

いやあ……上海や北京の退廃を感じられないんですか? 「ポストモダニズム」って、建築の話ならいま世界でいちばんポモってるのがその上海や北京だし、そうでないにしても、西側諸国が退廃って……あなたの考えてる西側諸国の主要都市って、いったいどこの話ですの? ニューヨーク、結構元気ですよ。ベルリンもロンドンもアムスも東京も、そんな退廃してどんよりしてるわけじゃないですけど? 

とにかく英米憎し、資本主義憎しが出てくると、議論が完全に感情的で粗雑で変ちくりんになり、それを裏付けるために中国がすごくひいきの引き倒しみたいに歪んだ形に持ち出され、目が点になるところが多々ありすぎ。英米の民主主義なんかたいしたことないよ、と言いたいがために、いまの中国の民主主義が「いきすぎていない」と持ち上げてみたりするのはどうよ? いきすぎてないって、党がそうしようと思えばなんでも高圧的に通してしまえるということね。専制主義と開発独裁万歳ってこと? ぼくはそういう議論はありだと思っている。でも著者は、そうはっきり主張するほど腰もすわっておらず、その舌の根も乾かないうちに中国だって民主主義だと言いたがる。でもその議論というのは、中国は一党独裁だけど、共産党はだれにも強制されない自発的な組織にすぎず、自由に参加できて、そもそもが民衆蜂起の産物だから民主主義を体現するものなんだという、ちょっと苦しいにもほどがある議論とか、もういい加減にしてくれという感じ。かつてエドガー・スノーが中国の公式発表丸呑みにした中国翼賛を書いたり、クリステヴァが文化大革命翼賛書いたり本多勝一ベトナム提灯持ちやったりするのは、提灯持ちだからわかるけど、頼まれもしないで何やってんの、あなた。あ、それとベルスコーニ罵倒に割いた1章とか、なくてもいいんじゃね? そうでないところでは、たとえば中国ギャングの議論とか模造品の現場の話とか、そこそこおもしろいんだけど……

結局、中国についての本じゃないんだよね、これは。中国を歪んだダシにつかって英米批判したいだけだが、もう少しまともにやろうよ。こんなのダメー。書評しません。こんど梶谷先生にきつく叱っていただきます。



クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.