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ピケティ『21世紀の資本』:せかすから、頑張って急ぐけれど、君たちちゃんと買って読むんだろうねえ……

翻訳 書評 経済

Note (2014.08.04)

What follows are some rants by the Japanese translator of "Capital in the 21st Century." I realized that it can be taken out of context (and that some people actually do such things), so I guess I need to explain what's going on.

The whole piece was intended to serve as a half-joke expectation management. In Japan, there was some false rumor about the timing of the Japanese translation. A news report said that the Japanese translation will appear "by" 2017, which is just the contractual time limit. Many people misread it as "in" 2017, and were complaining why it would take so long. The implication was, of course, what's wrong with the translator (yours truly)?

The truth is, there's nothing wrong with the translator (again, yours truly). Tt wasn't going to take so long anyway. Although there were no specific deadlines or predetermined date for publication, I would have easily finished it within the year, and it would have come out by March 2015.

But some of the complaints were rather viscous. And, in order to stress the damage caused by the (supposed) delay of the translation, they really started to make inflated, almost bogus claims about the book. Like how it would totally devastate the field of economics, how it would replace Marx to become the new bible of the whatever.

Well, since the readers demanded it, we revised the schedule. I'm going to finish the translation much earlier than I originally planned. It's feasible. I can finish a page of the book in 21 minutes (I wrote 17 minutes in the article below; that was due to my initial burst. It seems to take longer in a continuous drive.) To do this, however, I had to reschedule some other projects (like my free Engels translation of The Condition of the Working Class in England).

Also, I thought many of the claims about the book in the attacks toward me and the publisher was rather over the top. When the expectations become too high, what happens is that, after the actual book comes out, the interest instantly fizzles out. In the worst case, the translator gets blamed for "not translating it right". So I felt some expectation management was in order. Hence this column.

In what follows; I'm simply teasing the people who make those inflated claims. The title of this whole article is:

Since You Nag So Much, I'll Try and Rush the Translation, but You Guys will Actually Buy and Read the Book when It Comes Out, Right?

And this is exactly my point. I'm just poking fun at people who obviously haven't read the book, but still have the nerve to make bogus claims based on some 2nd-3rd hand rumors. I want those people to buy (OK, borrowing is also fine. Public libraries rule!) and actually read the book.

To deflate the bogus claims, I wrote several things that sounds negative about the book. I just needed them to hold their horses until the real thing comes out. It's written as a tongue-in-cheek piece, as the YouTube pastes may suggest. Also, to emphasize that I'm working hard on the book, I did exaggerate the troubles I'm having during the translation; actually, the whole process is a breeze. The prose is really clear; it's not French post-modern philosophy or even Marx. Sorry if it gave the wrong impression. My only hurdle is that, it's long.

Instead of writing this English explanation, I'd rather do the actual translation; I would have finished 2 more pages during this time. But oh well. I truly regret that I've been used in the on-going smear tactics of WSJ against the book. The article was really content-less; it's just a patchwork of my blog entry and an interview by another magazine?? I hope at least they do it in a way that provides SOME useful information.

Hiroo Yamagata (2014.08.04)




Capital in the Twenty-First Century

Capital in the Twenty-First Century

もともと今年いっぱいくらいかけてじっくり訳すかと思っていたら、君たちがせかすもんで、二ヶ月でやらなきゃいけなくなったよ(それだけじゃないけど:急がねばならなくなった理由はほかにあるのだ。天安門事件!!祖国統一マンセー!)。それも版元からアナウンスされて外堀埋められちったし。

やれというなら、できます。一昨日手をつけはじめて、17 分で 1 ページあがるのがわかりましたから、かかりっきりになればどのくらいでできるかは、まあ計算しとくれ。が、ぼくたちが頑張って急いだら、本当にみんな買って読んでくれるんだろうねえ。なんかアメリカで話題になっているからみんな知ったかぶりして重要だとか楽しみだとか言ってくれるけれど、そういう聞いた風なツイートをしている97パーセントの人は、たぶん単なる聞きかじりで、本書の何たるかわかってない。本当はこういうこと書かずに、騒いでもらって聞きかじりのにわかな方々にもお買い上げいただくのが営業的には賢いんだろうけれど、ぼくはそういうのが嫌いなのと、あと勝手に失望したとか言われて、さらにいろんなバカが、その失望を翻訳のせいにしたりするのは嫌なので、少し expectation management をさせていただくよ。

本書のあらすじは?

なんかみんな天地鳴動大地震撼の革命的な本だと思ってすっごい期待しているようだけれど、本書に書かれていることはとても簡単だ。各国で、富の格差は拡大してます、ということ。そしてそれが今後大きく改善しそうにないということで、なぜかというと経済成長より資本の収益率のほうが高いから、資本を持っている人が経済成長以上に金持ちになっていくから。その対策としては、世界的に資本の累進課税をしましょう、ということね。たとえば固定資産税は資産額が大きいほど税率高いようにしようぜ。おしまい。

え? たったそれだけ? でも何百ページもある分厚い本だってきいたけど……

はい、その通り。英訳版の本文だけで 580 ページ、注も入れると 700 ページ近い。そんな単純な中身なのになんでそんなに分厚いのかというと……本書は上の理屈を、各国の細かい統計を見て長期にわたり細かく精緻に追った本だから。

だからもう、いろいろ細かい統計の話が基本になるんだよ。第一章の最初とか、国民総所得=国民総産出の説明が何ページも続いて、倒れそうになります。富をどう定義し、格差は何で見て、それをどんな統計をもとに、何を考慮してやって、こんなもんだいもあるけれどそこはこう補い、ここんとこはこう推測して、あーでこーでこうひねって、ここでこう揃えてうーたらかーたら。

ページが進んでも同じことを繰り返しあっちからもこっちからも検証してるけど論点はずっと同じで、共訳者は「ページが進んでいるはずなのにずっと同じページにいるようで、うなされる」とのこと。I feel your pain, girl....

経済成長より資本の収益率が、という部分も、きちんとやろうとすると一筋縄ではいかない。あーたらこーたら、人口成長率との関係は、生産統計とか資本の収益率測定とかにおいて考えるべきはうだうだ。

どれも、非常に重要なポイントではある。これだけの整理を行ったというのは凄い話だし、その努力は刮目すべきもの。本当に立派で重要な本なのはまちがいない。でも、一方で非常に専門的で technical な本でもある。本書を「楽しみ」と言っている多くの人は、たぶんここまで細かい議論に関心ないと思うし、上述のあらすじで用は完全に足りると思うよ。だってさ、あーだこーだ言ってる人って、まともに日本の国民経済計算や世銀の WDR すらちゃんと見たことない人が9割じゃん。あ、2014 の WDR、ちょっと目の付け所がいいと思うよ。その筋の方は見ておいて損なし。WDR だから、得もそんなにないんだけどねー。

World Development Report 2014: Risk and Opportunity: Managing Risk for Development

World Development Report 2014: Risk and Opportunity: Managing Risk for Development

でも、もっと深い洞察とか指摘とかあるんじゃないんですか? だって21世紀のマルクスとか言われてるし……

ない。「深い洞察」の意味にもよるけど、何かすごい深遠な哲学を期待してるなら、悪いけどない。いまから半世紀後に『ピケティ:その可能性の中心』とかいうピントはずれな哲学書ができたりとか、絶対にしない。

なぜかというと、ピケティの言ってることはシンプルで、そういう変な深読みを可能にするようなあいまいさが全然ないから。いや……前言撤回。もちろん、その手の馬鹿な深読みする人は、重箱の隅つつきと曲解が仕事だから「原著 p.458 ページに書かれた『成長』の概念の特殊性ガー」みたいなバカ深読み哲学が生まれないとは言わない。でもないと思うなあ。序文でもマルクスの変な結論ありきの論理性なしの断言や飛躍についてはちょっとくさしているし(それがインチキな深読みを許す部分となっているのだ)、本書はそういうことしてないし。

ピケティのビジョンや(悲観的な)将来像について、好き嫌いを言うことはもちろんだれにでもできる。ピケティが挙げた以外の可能性をあれこれ議論するのも楽しいし、重要なことだ。いろんな説が出てくるだろうし、そういうレベルでのお話はあれこれ可能だ。でも、本書のえらさはそれをデータで裏付けたことだ。だからそれに対する反論も、本当に意味があるものになるためにはやはりデータ的な裏付けがいる。本書の手柄は、そうしたデータの裏付けを可能にするような仕組みを創った、ということだと思うのだけれど。

でもウォール街占拠とか、99%運動とかの理論的根拠になったっつーし、新たな革命の書じゃないんですか?

ちがうと思うなあ。ウォール街占拠とか起きたのは、2011 年。この本のフランス語版が出たのは、2013 年。もちろん、本書の議論のもとになったいろんな論文はあって、それは格差論争における論拠になっているけれど、本書がその源だというのは言い過ぎ。本書をもとにした革命が起きないとは言わないけれど、本書はマルクスとはちがってそういうことを主張してはいない。
むろん、両者がまったく関係ないわけではない。99%運動の人たちの一部は、他のデータも見ていたし、同時に本書で言われているようなことを直感的に理解していた(印象だけで加わっていた人も多いけれど、運動ってのはそういうものだ)。それはクルーグマンスティグリッツだってそうだ。でも本書のおかげでそうした運動が起きたわけではない。むしろ追認ですね。

えー、じゃあ全然つまんないんですか?

そんなこともないと思う。経済成長の議論とかで、「イノベーションとか言ってるやつは、みんな現状肯定で格差増大を見ないことにしたい、金持ちの提灯担ぎだよねー」とか言ってる部分とか、鋭い(そしてフランス人っぽいいやみな)部分は結構あるので、是非とも読んでね。いろんな思いこみが解体される部分はある。だから勉強にはなる。まじめに読んで損するような本ではない。が、世界が一変する本ではないと思う。「格差って増大してんのかなー」と漠然と思っていた人が「あ、やっぱ増大してんだー」と納得する本だと思う。

それじゃあ、なんでアメリカであんな話題になってるんですか? ベストセラーでしょ?

知らないよう。それはアメリカ人に聞いておくれ。でもそれはアメリカの特殊事情があると思う。そもそもアメリカは、格差拡大がいいことだ、という人たちがたくさんいるし、格差拡大は起きていないという人たちも山ほどいて、それに対してふざけんな、という人もたくさんいる。だから本書はその双方の琴線に触れる部分がある。そんなことだと思う。これから解説を書くときに考えるね。

ええい、お前が長い解説書くとページが増えて値段が上がるからやめろ!

そう? でもぼくが長い解説書くと、その分売上げ増えるんだよね。場合によってはそれを見込んで刷り部数を強気にするから、その分かえって値段を下げられることだってある。それを考慮するとぼくの解説の最適長さみたいなのはあって(利潤最大化の観点から)、たぶんその長さって 5,000-8,000 字くらいみたいよ。読みたくないかもしれないけど、あの解説で君が少し安く本を買えている可能性だってあるんだから、我慢しろや貧乏人め。

でも本当に中身そんな単純なんですか? 池田が解説本を書くって言ってますけど? 一冊くらい書けるほど中身あるんじゃないんですか?

言ってるねえ。何書くんだろうねえ。ほんと、上に書いたまとめで十分だと思うんだけど。
解説本ですまそうというような、ものぐさで知ったかぶりしたいだけの読者層が、統計データの細かい議論をまともに読みたいとも、読んで理解できるとも思えないけれど、もちろんそうした読者層をきちんと分析したわけではないのでこれは杞憂かも知れない。が、本当に解説書を書くとすれば、上に書いたようなことを一章かけて引き延ばし、本の残りはピケティの議論にケチをつけて、イノベーションとか構造改革とかの影響を十分に考慮していないとかいうことを言ったりできるかもね。あるいは突然宗旨替えして、自分は100年前から格差増大を懸念していた、とかいうふりをしてみせて、日本も格差拡大はけしからん、とかいう手はあるかもしれないね。もちろん、ぼくなんかの気がついていないような重要な論点やアプローチがあるかもしれない。そういうのが指摘されているといいな。
あと行きがけの駄賃で、まずアベノミクスが格差拡大をもたらした、懸念していた通りだ、だからワシはインフレターゲットを批判していたのだ、みたいな(いままで一度も言ってない)話をいきなりこじつけてから、さらには日本語版はいかにろくでもないものになるはずか、その訳者である山形がいかに見下げ果てた野郎か、なんてので一章費やす、なんていう手もあると思う。格調高いフランス語だったのが、英訳に加えて山形の下品な翻訳で台無しになった、とか言って。いずれにしても、ぼくは期待はしてないけれど、surprise me, please. Entertain us. もちろん、この本の本当に立派なまとめになっている可能性だって常にある。Anything is possible. そして単なるお手軽なアンチョコ本を超えて本当に新しい視点や論点を提供してくれていたら、それは本当にすばらしいことだよね。

英語からの重訳とは許しがたい! 重訳は歪曲が入る!

ぼくはこの見解には与しない。下手な直訳よりうまい重訳のほうがずっと歪曲は少ないと思う。むろん、ぼくはここで決して中立的な立場ではないから、この見解は割り引いてくれていい。でも本書は文学作品ではない。テクニカルな統計処理の説明やその解釈が主だ。書き方も明快で、フランス現代思想みたいな得体のしれないファッショナブルナンセンス/知の欺瞞は皆無だ。だから、そんなに心配する必要はない。
まったく差がないとはいわない。でも重訳と仏語直訳との微妙な差がわかるほど本書を読み込める人は、本当に恵まれた少数派だと思う。そして上に述べた通り、本書はそこまで細かいニュアンスやほのめかしを読み取るようなレトリック重視の本ではない。がっちりした専門的な統計処理のテクニカルでストロングスタイルな本だ。重訳で失われる部分は、ぼくはきわめて少ないと思う。いまのところ、ピケティ自身、英訳に何か問題があったという話はしていない。ま、翻訳しながら、必要ならフランス語も部分的に目を通すので(かなり錆び付いてるけど。独語訳も手に入れておこう)多少は補正もかかるんじゃないのかな。


おしまい

つーことです。ほんと、細かいデータの処理とまとめ方、いやそれよりもそうしたデータそのものと、将来へのエクストラポレーションのやり方、その他本当に勉強になる本であるのは確か。あと、最初にまとめたことは、印象論や部分的なデータ言うのは単純だけれど、それをがっちり裏付けをつけて説得力ある形で見渡して言うのはとっても面倒。それをきちんとやったというのは、本当に学問というものの力強さであり、そしてその力強さを背景に明快な将来への展望(決して明るいモノではないとはいえ)を提出して見せたというのは、文句なしの力作だ。でも気軽に読んで、気軽につまみぐいして知ったかできるような本ではないよ。むしろ、そういう安易なつまみ食いや印象論を廃したところに本書のえらさがあるんだから。

専門家はもちろん、それをちゃんと正面から受け止めてほしい。そこまでの根性がないディレッタント諸君には、ぼくが訳すついでに、長ったらしい解説つけて、それと本書をめぐる各種論争もまとめて紹介して、現時点での評価についてはまとめてあげますから。

あと、もちろん本書の翻訳をせかした人や、翻訳がはやまって嬉しいとか言ってる人は、もちろんそういう細かい統計処理を勉強し検討し格差データを自分でも勉強しようという意欲がある人、なんですよねえ。ご要望に応えて急いで訳はあげますので、ホント買って読んでね。急いで訳しても印税増えないのよ。だからぼくたちは急いでもぜーんぜん得しないのに、君たちのためを思って頑張るんだから。

あと、お願いだから読んだ成果を活かしてよね。本書の翻訳により、我が国における格差の研究や議論も飛躍的に発展することを祈ってやみませんわよ、ぼくは。訳者あとがきに社交辞令でこういうことを書くけれど、本書の場合、これはマジに祈ってます。あと、革命の書を期待していてアテがはずれた人たち、勇ましいアジテーションを期待していたのに生真面目で実直な研究書でがっかりした人々は、それをぼくの翻訳のせいにはしないでおくれよね。

では年末に〜〜(年始になるかもしれないけど)。あと 560ページ! 少し時間がかかるので、こんな曲でも聴いといて。




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