三沢他編『電波・電影・電視』:意外と不十分なテレビ中心のアジアメディア史。

電波・電影・電視―現代東アジアの連鎖するメディア

電波・電影・電視―現代東アジアの連鎖するメディア

テレビ、ラジオ、映画、レコードなどのメディアは、技術、政治プロパガンダ、商業など多様な思惑を受けて発展してきた。本書はその 20 世紀東アジア各国での動向をまとめた興味深い論文集だ。
独自規格を狙う 1950 年代 NHK の楽しいプロパガンダや「教育」テレビの意義から、中国国民党政府の音楽検閲、各国でのナショナリズム高揚を狙ったメディア育成政策、果ては北朝鮮でのテレビ草創期など、扱う話題は実に多種多様。各国の横並び比較分析ではないが、各国の大きな差を考えれば無理もない。意外に見ないテレビ研究の充実も嬉しい。
歴史をたどるだけで変わった事実が次々に現れ、執筆した東アジア各地の研究者たちの興奮が端々にうかがえる。国の科学研究費を投入した成果は十分。各国の相互影響やネット以降の動向も含め、今後まだまだ掘る余地のありそうな分野で、空論哲学に偏らない堅実なメディア論として続きも期待したい。(朝日新聞 2012/12/02掲載、朝日ウェブサイト

コメント

これは結構おもしろい。論文集で、バラバラではあるけれど。特に、NHKがやっていた国粋放送方式をめぐる愛国プロパガンダは実に笑えるもので、読売等がやろうとしていたアメリカ方式だと日本はアメリカに乗っ取られるとか。そこでの敗北が、後のハイビジョンでの(いまにして思えばほとんど意味のなかった)異様なこだわりへつながっているのかも、という指摘はなかなか。あの当時、1990年代前半の世界的な HDTV 方式覇権への大騒ぎぶりはいまにして思えば本当にこっけいだけれど、当時は産業も政治もまきこんだ大騒動で、なんであんなことになったんだろう。でも、あれがあったおかげで、いまでも技術覇権論争はだいたい無意味でくだらないのがよくわかるようになった。
ちなみにぼくの母親は一時民法テレビ局に勤めていて、NHK の連中がいかにいやな連中で、「自分たちは真の民間放送、おまえらは金の亡者の商業放送」とことあるごとに民放を見下しやがったかを強調していて、根に持つタイプとはいえよっぽど悔しかったのねえ、と子供心に思ったものです。



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