岩田規久男は、日銀副総裁になってから一部の人に引きこもりとまで揶揄される露出の少なさで、人前に顔を出すのは久々という感じ。で、今日は如水会館で講演があったので、のぞいてきたよ!
……といっても、先日の黒田総裁講演もあるので、そーんなに期待していなかったんだけれど、結果的にはかなりおもしろかった。
講演本体
客は、月曜午前という時間帯なので仕方ないことだが、暇そうなジジイ比率がきわめて高く、これが後で禍根を……でもあとは結構まじめそうな人々。で、中身だが、まあ四の五の言わずにこの配布資料を見ろや。どんな話をしたかわかるでしょ。日銀の公式発表です。
2014.06.30 岩田規久男講演会資料とメモ(pdf 880kb)
でも、いろいろな指標をまとめて並べてくれているので、わかりやすい。あと、フィリップス曲線は明解ですな。あと、「日銀のコミットメントとは、日銀が他のもの――高齢化だの中国製品だの――のせいにせず、物価はすべて金融政策で、日銀だけでこの部分はやりきるということ」と明言したのは、岩田規久男らしくてすばらしい。
で、やっぱりこれで一番気になるのは、図表13のコア&コアコアCPIの最後に出ている、2014年5月の物価上昇率の急落。消費税やべーよ、という感じだが、話の中ではスルー。
一つ力を入れて説明していたのは、民間エコノミストの物価見通しとの乖離についての話。図表15のところね。「われわれリフレ派は、こういうのを足し算エコノミストと呼んでいるが、物価はそういうふうに決まるのではない!」 リフレ派を岩田規久男が自ら名乗るのは初めて聴いた!
で、最後のところは成長戦略との関わり。最近、黒田総裁がどこかで「政府は成長戦略がんばれ」と言ったので、日銀が責任放棄したかのような報道が出回っているが、そういうことではなーい! 日銀は潜在成長率のところまで引き揚げるのはできるし、やる! でもそれ以上に経済成長を引き揚げたいなら、政府はもっと成長戦略がんばらないとダメだよ、ということでしかない。自分の責任放棄ではないので、そこんとこよろしく、とのこと。はい、妥当な発言だと思います。
識者コメント
で、識者コメントは、祝迫得夫とフェルドマン。
祝迫は……聴いてていらいらする、要領を得ない感じの付け焼き刃感あふれる質問。
まず、日本の経済学者は、なぜアベノミクスがうまくいっているのか理解できていないとのこと。銀行貸し出しが増えていない、日銀が動く以前から(つまり2012年末から)すでに株価とかは動いていたので日銀のおかげじゃないのでは、期待に実体的な裏付けがないのでは、といった見方が多いとのこと。
で、祝迫自身は、現状の動きは満足で、なぜかというと実質賃金が下がっているから、だって。は? なんのこっちゃ。で、質問は、消費税アップをどう見るか、経常収支赤字化すると国債金利上がっちゃって暴落リスクがあるのでは、中国とかエネルギーはどう見るか、とのこと。
うーん、思いつき並べただけで、きわめて整理が悪い。また「日本の経済学者は〜」という部分、他人のように言ってるけどこれって自分がわからんって話に聞こえた。だって現状の緩和効果の評価が、実質賃金下がったからオッケー、というのではねえ。あなた自身は、そのわかってない日本の経済学者たちにきちんと説明してあげられないってことね。
(ちなみに説明しておくと、貸し出し→以下参照。2012年暮れから→ですからそれが期待というもので、まだ実際に起きていないうちに「こうなるだろう」という予想が発生したんですね。期待に実体の裏付けが→ですから期待が盛り上がるとみんな設備投資とか、実体の投資や消費などをするんです。今日の講演でそれが起きていることはわかりましたね。)
フェルドマンは、もうちょっと面白かった。
最近、黒田が白川化しているのではないか、つまり後ろ向きの指標解釈に終始してないか、と言われるというのを導入に、いまはまだそうではないが、今後の動きに注意は必要とのこと。特にコアコアCPIの5月の落ち込みは要注意。また足し算エコノミスト批判はわかるので、むしろGDPデフレータがいいけど発表までのラグが多いから、賃金や雇用DIを重視したほうがいいのでは、とのこと。あと需給ギャップなる数字は、特に潜在成長率なるものがかなりいい加減なのであまりあてにならん、やっぱ雇用がいいのでは。それと、日銀と政府の明解な棲み分けは困難で、むしろ相互作用もあるし協力して成長貢献するほうがいいのでは、とのコメント。妥当だと思います。
岩田反論!!
で、岩田規久男の回答。ここで俄然岩田規久男らしさが出て、おもしろくなったよー!
祝迫のコメントは二つの点を回答。
- 銀行貸し出しは伸びてない?
それが何か? オレの本を読め〜!! リフレ派は、デフレ解消で銀行融資がすぐ回復するなんてひとっことも言ってないぞ! だからそんなのは批判にならん! 批判する連中は自分の思いこみでいい加減なこと言うな!
デフレ下では企業が現預金ばっか持つようになる。デフレ解消は、まずその現預金取り崩しにつながる。それがなくなるまで銀行融資は増えないのは、昭和恐慌でも小泉改革でも明らか。これには 3-4 年かかるんだ! 今回だってそうなってる!
ただ今回は、なんか融資がすでに増え始めているよ。レジーム転換から 1 年。その意味でちょっと予想外のところはある。でも順序はこれまでの研究通り。現預金の減少がまずいちばん利くのである!
こんな低金利の国債がやたらに売れるほうが本来は不健全。国なんて収益あげる機関でないから、そこが投資先として大人気というのはおかしい。銀行だって、国債ばっか買いやがって、国債投信屋をお願いしてるつもりはなーい! そうした経済構造はだんだん変わるべきだし、その方向に向かっている。
フェルドマンについては三点解答。
おっしゃるとおりで、厳密なものではない。失業率とか雇用DIとかは見てます。需給ギャップもいろいろ見ているなかの一つなので、それだけで判断してるのではない。
- コアコアCPI
確かに注意は必要。ただ短期の振れはあり短期的には足し算エコノミストの議論も成り立つのでウダウダ(歯切れ悪し)
- 生産性や成長力
今回の回復は消費主導、雇用も非製造業が中心。第三次産業の生産性は今後日本ももっと引き上げが必要となる。日銀はまったく成長に貢献できないわけではなく、潜在までは引き揚げられる。でも政府側も、サービス産業の規制改革などでもっと成長を促進できるはず。もちろん協力も重要!
(ぼくの隣にすわった人は、この部分で俄然元気になって、メモを取りながら「うん、そうだ、そうだ、うん、うん」と力強く独白っておりました)
その他
最後に会場からの質問を一つだけ、とのことだったんがだ……当てられたジジイが、「経済はグローバル化しております。通信も全世界を一瞬で結び、産業も世界に広がりフガフガあーたこーだ、でも日銀の政策はドメスチックであります、もっと世界を見据えた政策をうちだしていくべきではありませんでしょうかうーたらくーたら」。くだらんことを長々長々長々長々長々と……頭痛が大変痛かったので答は聞かずに出てきたんだが、老害許すまじ。redrum! redrum! redrum! redrum! なかったことにします。
感想
最初、会場にきて資料をもらったときには「こんなのここに来る人には常識でしょう、こんなぬるい大本営発表なら時間の無駄かも」と思ったんだけれど、まず祝迫得夫みたいに、なんかわかったような顔をしなきゃいけないのに実はわかっていない人があちこちにいる、ということが改めて確認できたのは、ありがたくないとはいえ収穫といえば収穫。かれは今日の講演で(きちんと聴いて理解すれば)得るものはあったはず。そういう人々の啓蒙のためにも、リフレ派にとっては今さら感過多の講演であっても何度も繰り返す必要があるのだ、ということは実感した。
こうしたなさけない経済学者どもの啓蒙の意味でも、そしてメディア啓蒙の意味でも、もっともっと表に出て欲しいなあ。岩田規久男が引きこもりではあまりにつまらん! 日銀副総裁として発言に気をつかうのはわかるんだけど。
実はマスコミ取材お断りとのことだったので、こういうブログとかツイッターの報告しかレポートが出ないと思う。もったいない。もっと表にたくさん出るべきだと思う。特に個人的には、もっと岩田規久男にはここらへん、表に出て言って欲しいんだよね。民間エコノミストの予測についてのコメントも、もっと言うべきだと思うんだよねー。それがないから、足し算エコノミストがのさばるんじゃないか。そうしたものについて公式に意見交換するのが、市場との対話とかその手のやつだろう、と思うんだけれど。
あと……「2年以内のなるべく早い時期に2%」というのが、だんだん後退しているように見えるのはどうなんでしょうかあ。今日の資料だといつのまにか「二年程度の期間を念頭に置いて」となっていて、なんかすごい日和見感が充満してますけど、大丈夫ですかっ!! 消費税の影響もアレだし、もう一発ケツを叩くべきではないかと思うんですが!!
山形浩生の「経済のトリセツ」 by 山形浩生 Hiroo Yamagata is licensed under a Creative Commons 表示 - 継承 3.0 非移植 License.