今日、『翻訳者の全技術』にからんでトークショーをやった。
その中で、アレだと思った本の翻訳はどうする、みたいな質問があって、いろいろ答えたんだが、そこで出そうかと思っていたけれど時間がなくて出さなかったネタがある。しばらく前に字幕をやったこの映画だ。
これは本当にすごい映画だった。もう圧倒的に悪い意味で。一言でいえば、お金は信用創造でつくられるというのを初めて知った連中が、そこから妄想突破した映画。
さて、お金の信用創造って何? これは簡単な話。銀行は、人が預けたお金の一部を融資する。これはご存じだと思う。そして、ぼくがお金を10万円銀行に預けて、銀行がそこから別の人に9万円融資したら、お金は全部で19万円になる。だから融資=借金で世の中のお金は増える。これが信用創造だ。これは常識中の常識。そして融資というのはだれかの借金だ。信用創造は、借金で世の中のお金が増えるという話でもある。これは、基礎としては正しい。
ところがこの映画、それを初めて知った左翼の人が興奮して、「そうか! 借金すればどんどんお金は出てくるのか!」と思い込んでしまう。それをやりすぎて信用不安が起きて金融危機何度も起こした結果、そこにいろんなアレがつくので「どんどん」ってわけにはいかないようになってるんだけれど、そんなことをまともに勉強しようとすら思わず、もうその思いこみで突っ走るのだ。
それでこの映画は、聞きかじりの信用創造の話を漠然としてから、いきなりBMWにでかけて、おまえのところには車のローンを出す金融子会社がある、そこがバンバンローンを出せば自動的にお前のところの車は売れるて儲かるじゃないか、いや車なんか作る必要さえないじゃないか、だから車を作って売って儲けを出すというお前の会社はインチキだ、車なんか作る必要はない、と言い出す。BMWにだよ??
正直、初めて見たときは、こいつらが一体何を言っているのかさっぱりわからなかった。だって「信用創造でお金ができる、よってBMWはローン会社あるから車を作らなくても儲かるはずだ」って突然言われて、この理屈のつながりがわかるほうがおかしいだろ? 三回観て、やっとわかって、そして頭を抱えたわ。
当然ながら、ローン出したら、それは車を買うのに使われる。車が手元にこないのにローン組む人いないでしょ? その車がきちんと生産されてローンを組んだ人の手にわたらないと、そもそもそのローンは成立しない。だからローン子会社が勝手にいくらでもローンを組んだりはできない。生産できる車の数に制約されるでしょ。そしてもちろん借り手の問題もある。そのローンがきちんと返済されるかどうかも考えるよね。無限にローン出して勝手に儲けふくらませるってわけにはいかない。
つまりその借金をそのうち返すとか〜、車があるからこそ借りるんだとか〜、そういうことは考えませんの? K75美しいわー。これを見るからみんな、ローンを組んでも買おうと思うんでしょ? これを作らないでいいとか、何事? 最近のBMW、水平ツインに縛られすぎじゃない?
考えないんだよねー。
経済がマネーゲームに堕しているというのはよく言われるし、それはバカな (本当にバカな) 左翼のシホンシュギ批判と称してよく出てくる。そして、そういう部分があるのは事実だ。それでも、それは決して実物経済と完全に乖離しているわけじゃない。そして少なくとも、このBMWの部分は実物経済と金融が本来あるべき共生関係を保っている世界なんだが……
そしてもちろん、左翼の人々にとって借金は悪いことだ。人々を負債漬けにする悪魔の仕業だ。そこでこの連中はBMWに対し、車なんか作る必要ないだろうと言い放つばかりか、お前は自分が利潤を出すためにそうやって故意に借金を創り出している、そして人々に借金を強制し借金漬けにしている、ひどいやつだと、面と向かって誇らしげに平然とのたまう。
強制して借金漬けになんかしてないよなー。こんなかっこいい物欲そそるものつくりやがって、とは言えるけど、そこから返せもしないローン組んでしまうのは、その当人の問題であって、強制してるわけじゃないよなー。
そう言うと、アカロフ/シラーとかは近著で、いやおいしそうなポテチを作ってしまうと人々が食べたくなってしまって不健康になる、これはメーカーの責任だとかのたまってるので、ホントにカッコいい車やバイクをつくって物欲をそそることが、ローンの強制なのだと主張する人とかかなりいそうで恐いんだけどさ、それってあまりに自堕落だし、少しは当人の主体とか自制心とかに責任おわせないと、社会も民主主義も成り立たないと思うんだよね。
BMWの相手 (BMWのCFOなんだよ、こともあろうに) はもちろん、ぽかーんとしてから、本当に親切に、いっしょうけんめい相手の話になんとかあわせようとして、もうすごい苦労して支離滅裂になる。そしてその後でついに切れて「おまえらバカか、経済のイロハも知らないでくだらんこと言うな」と(まさにこの通りに)怒る。それをこの映画の連中は、自分の正しさが証明された証しだと思って何やら勝ち誇るんだよねー。
彼らはどこかのファンドにも出かける。利益分のお金はどこから来るのか、収益性実現のためにマネーサプライは注視してるか尋ね、お前が収益求めるとお金作るため借金を強要される人が出るがどう思うかという。相手はまさかこいつがこんなバカなこと考えてるとは思わず、最初は話をきいて首を傾げるんだけど、BMWほど優しくないので、相手をバカだと判断した時点でそれ以上の取材を断る。それをこの人は、自分の発見した真理にみんな気づいていないか、知ってて隠蔽しようとしてる証拠だと匂わせようとする。
いやはや。
あまりに自信たっぷりに狂ったことを言われると思わず「あれ、オレがおかしいのかしら」と思ってひるんでしまうことがあるけど、そういう映画。これほど何もわかっていない連中が、何もわかっていないことにすら気がつかず、自分たちが何か賢い真理に気がついたつもりで嬉々として映画まで作ってしまった——これはそういうトンデモ映画だ。これを見て「なるほど!」と思ってしまった人は、自分が本当に重要な経済の働き——何かを創り、人々の物質的、精神的な喜びに寄与する働き——と完全に乖離してしまったことにすら気がついていない。
さらに彼らはなんと、ヨーロッパ中央銀行ECBにまで出かけてくる。そして当時の親玉ユンケルに会うんだ。なんでこんなバカな連中がユンケルにお目もじかなうんだよ!! そして、お金はどうやってできるのか、と尋ねるんだ。もちろん中央銀行は、いくらでもお金を作れる。お金は虚空から創る——ECBの親玉ユンケルはそう述べる。それはまちがいではない。特に中央銀行にあっては。でもそれは、市中銀行の信用創造とはちょっと意味合いがちがう (形は似ているけれど)。でも彼らはそれを、何か自分たちの主張が正しい裏付けだと思ってしまう。お金はまぼろしでありただのフィクションであり実体のないインチキである!
そしてその後、彼らは統計を見る。すると、金融部門の融資残高が預金の10倍近くあるというのを発見する。もちろん彼らはそれを、いまの経済がいかに邪悪で空疎なものかという証拠だと思い込む。いやあ、銀行が調子にのってヤバい借金しまくらないように、BIS規制とか銀行の融資総量規制とかあるわけ。だから民間の信用創造が、公的なものの十倍くらいなのはあたりまえなんだよ。でも彼らはそんなことは調べもしない。
そしてそっからもう、妄想全開だ。
企業が利益を出そうとして、投資家がリターンをもとめると、その分追加のお金が経済に必要となり、そのお金を作るための信用創造でだれかが借金を強制されるから、リターンを求めたり、利潤追求したりするのはよくないんだって。いやあんたが主体的に損する投資してくれるのは、誰も止めませんよ。
さらに政府が国債発行すると、それを買うか資本市場に生殺与奪を握られるので、国は収益性のあるプロジェクトしかできなくなり、民主主義的に実施プロジェクトを決められないんだって。国会って何するとこだったっけ?いま国債ってプロジェクト債なんだっけ?
そして! 投資家の思惑に左右される国債発行するのではなく、国が自分で借金すれば自分で実施プロジェクトを決められるから民主的なんだって。いや同じことだから!国債って、国が自分でやる借金じゃなかったんですか!!! 投資家の思惑で勝手に生まれたり消えたりするものなんですか!
そして経済学者はこういうことをまったくご存じない、現実知らずのバカなんだって。うわー、どうしましょう。
さらに歴史のほとんどでは、利潤追求の経済は存在しなかったんだって。えー、お互いにメリット=利益がある取引に基づかなかった人間社会って、存在するんですか?
人類史上、ほんの短期間だけ二つの金融システムが併存していた時期があり、その頃は本当の利潤が実現できたけど、いまは利潤を計上するために無理に借金してインチキなお金をでっち上げていて本当の利潤もリターンも存在しない虚構なんだって。二つの金融システムってなんのこと?もう見当もつかない。
そして別に、最後にそれで何か有意義な話が出るわけではない。この映画関係者のバカたち(大学教授と称する人もいる) がこういう自足しきった話をゲームしながら語るだけ。格差とか、本当に人々のためになる経済を目指すべきとか、聞いたふうな口をきくんだが、それって何? 何もなし。
絶対読まないけど、グレーバーとか何かこんなこと言ってるの?
で、配給元に字幕の翻訳と共に、この映画最初っから最後まで狂ってますとコメントつけて返したら、いまだに公開されていない(と思う。少なくともぼくのところに連絡はない)。たぶんぼくのコメントのせいも大きいのではないかと思う。いまにしておもえば、だまって公開してもらえば狂気のカルト映画になったかもしれない……いや、それはないか。でも「この映画を見てバカなところを5つ挙げなさい」とかいう大学の課題にはいいと思う。
だけど、黙っていたらパンフで何か解説文を書けと言われただろうし、そうしたら指摘せざるを得ないもんなあ。
が、もちろん今後公開される可能性はなきにしもあらず。もし機会があって無料なら (絶対にお金払ってはいけない)、お酒をたくさん飲んでから見ると、なかなか妄想系の主題豊かな悪夢が見られる、かもしれない。