スノーデン関連書紹介

このたび拙訳で、エドワード・スノーデンの自伝が出ることになった。我ながらものすごい勢いで訳したので、やろうと思えば9月の原書発売と同時発売も可能だったと思うけれど、なんだかんだで11月末になりました。

自伝は自伝としておもしろいのだけれど、そもそものリークした文書の中身についてはあまり記述がない。また当人の目からの話なので、周辺の状況は必ずしもはっきりしないし、それに当人の話を鵜呑みにする必要もないだろう。ということで、日本語で読める関連本に一通り目を通して観ました。

グリーンウォルド『暴露』

暴露:スノーデンが私に託したファイル

暴露:スノーデンが私に託したファイル

スノーデンが香港で暴露を行った、グリーンウォルドの著書。具体的にスノーデンが公表した資料の中身について細かく書いている唯一の本。スノーデンの暴露文書が何を述べていたか知りたければ、これを読むしかない。必読の1冊。具体的な文書のスクリーンショットも、一部とはいえ載っている。また、パートナーが嫌がらせを受けたりラップトップ盗まれたりする後日談も。これはポイトラス監督『シチズンフォー』にも登場した。

グリーンウォルドはその後、自分で独立メディア The Interceptをたちあげ、スノーデンのファイルを小出しにするとともに、各種の調査ジャーナリズムを実践している。

ハーディング『スノーデンファイル』

スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実

スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実

イギリス側からの視点でスノーデンの暴露について述べたルポ。ただし周辺状況に関する説明が主体。「スノーデンファイル」というから公表したファイルの話かと思ったら、実際の文書の中身についてはあまり触れていない。また触れられている部分も、PGPが1970年代から導入されていたとかいうとんでもないことを書いているし、技術的な部分に関してはぼくはあまり信用していない。オープンソースのブラウザ FirefoxNSAなどの裏口が仕掛けられてるって、ホントですか?

スノーデンの生い立ち、香港での暴露に到るプロセス、その後ユアン・マックアスキルが報道を行ってからの顛末について述べられている。伝記的な部分は、スノーデン自身の「独白」とほぼ同じ(あたりまえだが)。

ただし、いろいろな部分が外からの視点で語られるのはおもしろい。たとえば、香港から出た後でのロシアの状況。なぜロシアに向かったかという邪推などは、いまとなってはピントはずれではあるけれど、当時の人々の混乱についてはよくわかる。スノーデンはもちろん自分側の視点しかしらないけれど、この本はそれを取り巻く状況、モスクワにやってきた記者や弁護士についての話などもたくさん書かれている。この部分は自伝では意図してか、あまり詳しくない。またウィキリークスとの関係についても、自伝では流し気味だが、この本ではきちんと周辺情報も含めて語られている。このため、自伝とあわせて読むと状況の理解が深まる。自伝で書かれているほど単純ではなかった模様ではある。

それも含め、その後、NSAがドイツでメルケルの携帯電話盗聴をやらかしていた話なども含め、告発が行われた後の顛末に関してはこの本は非常に詳しい。最後は『ガーディアン』に渡った文書がイギリス政府/GCHQにより完全破棄が命じられ、ハードディスクを物理的に破壊しなけれればならなかった話でおもしろい。『ガーディアン』内部やその政府との各種応酬が詳しく書かれている。実際に破棄する風景は、ポイトラス監督『シチズンフォー』の最後に映像が出ており、それを見ると迫力あり。

ポイトラス監督『シチズンフォー』

スノーデンが告発のために接触した最初のジャーナリスト、ローラ・ポイトラスによるドキュメンタリー。実際の香港での暴露の現場の映像は、緊迫しているはずなのに呑気で、かえってリアル。長い映画ではないので、是非ご覧あれ。

シュナイアー『超監視社会』

超監視社会: 私たちのデータはどこまで見られているのか?

超監視社会: 私たちのデータはどこまで見られているのか?

スノーデンの話を見ていると、つい政府の監視やデータ収集にばかり意識が向きがちだけれど、自伝でもスノーデンは民間企業との結託を非常に憂慮している。この本は、政府、民間を問わず (そして両者が結託しているならそれは同じようなものだ) 各種のプライバシー侵害、データ収集、監視について、スノーデンの暴露を含めてまとめ、そしてそれに対してどう対応すべきかを、政府、企業、個人、社会のそれぞれのレベルで提案してくれる。

もちろんシュナイアーはコンピュータセキュリティ業界では権威級の人物。『ガーディアン』に依頼されてスノーデンの持ち出した文書の査読なんかもしていて、その成果が本書にもいかされている。スノーデン自伝の訳者あとがきで、ぼくも個人向け多少のセキュリティ実践のすすめを書いたけれど、この本での提言は山形なんかとは分析も提言の詳しさも段違いではある。

土屋『サイバーセキュリティと国際政治』:スノーデンを手がかりにもっと広い背景まで扱うベストな副読本

サイバーセキュリティと国際政治

サイバーセキュリティと国際政治

(この本についてはこちらから転載) いくつか読んだ中で、これが最も優れた本だと思う。スノーデンの暴露について、その背景を押さえつつ、もっと広いいまの情報環境全般と、その中での監視社会と自由との相克、国際政治における諜報活動の役割の中での位置づけまで説明してくれる。

この本は、スノーデンの暴露についてはそれなりに評価している。そして、それがまったく目新しいわけではない一方で、なぜ画期的だったのかについてもきちんと書く。一方で、スノーデンの主張を鵜呑みにするわけではない。スノーデンによると、政府/NSAはとにかく9.11に便乗して自分たちの活動を徹底的に広げて権益を確保したかっただけだ。確かにそういう面もあるだろう。でも一方で、むしろ情報機器や通信量が莫大になったために、ピンポイントの監視においてすら従来のやり方では困難になっているという状況は確かにある。そして監視そのものより、保存と分析のほうがボトルネックになっていることを本書は指摘する。かつての信号諜報は、手紙と電報電話だけ押さえればよかった。いまはそうではない。だから、監視能力が拡大していることだけを取り沙汰するのは、必ずしもフェアではない。監視されるほうも拡大しているのだから。

スノーデンですら、きわめて制約された形でピンポイントで行うなら、盗聴、監視は正当化されると述べる。でもその正当化される監視も、現状の情報環境ではかなり広い捕捉を行う必要が出てきてしまう。スノーデンは、オバマが当初は透明性の高いオープンな政府を公約しつつ、実は大量監視に加担していたことを失望とともに語る。でもオバマが聖人だとは思わないけれど、「これで国民のやること全部わかるぜ、うっひっひ」とダークサイドにいきなり転向したとも思わない。土屋は、それを現在の自由と安全とのジレンマの中でオバマが下さざるを得なかった苦渋の選択の結果だろうと考える。少なくとも、そう見ることは十分に可能だ。それに賛成するかどうかはともかく、そういう見方が決して完全なナンセンスではないことは、念頭においておく必要がある。

そもそも、サイバー空間の中で何が容認されるのか? そこは本当に、完全にだれが何でも自由にできる、プライバシーの確保された空間であるべきなのか? それですら合意があるわけではない。この本は、その点についても述べる。そもそも、プライバシーとは何だろうか? そういう根本的な話も本書はきちんとしてくれる。

そして最後に本書は、安全保障という問題に立ち戻る。ぼくたちは、自由と民主主義こそが安全と繁栄をもたらすのだ、と考えがちだ。でも実際には……安全が保証されているからこそ、みんな自由にふるまえて、民主主義も栄えるというのが実態のようにも見える。その場合、優先すべきなのは何なのか? スノーデンを担いだ日本の他の本みたいに、とにかく政府信用できない、監視社会あー恐ろしい、というような本ではまったくない。スノーデンの話をもとに、それをもっと広い視野で見直させてくれる、極めてすぐれた本で、副読本としてベストだと思う。

小笠原『スノーデン・ファイル徹底検証』

スノーデン文書の中で、日本と関連する部分についてまとめた本。グリーンウォルドは、現在スノーデンから受け取った文書を小出しにするサイトを運営していて、そこが出してきた日本関連の文書15本について紹介した本。その文書は、ここでアクセスできる。日本でのNSAの活動の歴史について説明するとてもよいまとめになっている。できがいいので、勝手に翻訳した。少しソースをいじってみたけれど、外部からの直リンをはねるセコいスクリプトが入っていて、たいへんむかつくので、問題の文書の画像ファイルだけ全部抜きだして、ここに置いておいた

正直いって、そんなすごい話は出てこない。昔から日本とアメリカは、日米安保の枠内で情報交換をしてきた。その過去の経歴の話や、NSAの本部が移ったとか、日本駐在社に聞く日本での生活とか、そんな話。対韓航空機撃墜のときに、アメリカが日本の情報をかすめ取るのに苦労した、という話は、歴史的にはおもしろいけど1983年の話だから、スノーデンと直接は関係してこない。唯一興味深いのは、日本の防衛省がXKEYSCORE (どういうソフトかは伝記をお読みあれ) を提供されて、きちんと使えるよう講師派遣をした、というくらい。

そうした紹介をきちんとした上で位置づけをしてくれればよいのだけれど、著者はスノーデンがどうしたという話より、秘密保護法反対、共謀罪反対、モリカケ反対、マイナンバー反対、アベガーアベガーの人で、本の7割はスノーデンなんかそっちのけで、そういう話をまったく整理されない形でしているだけ。日本で秘密保護法ができたのはNSAの入れ知恵だったとスノーデンが言っていた、だから打倒安倍政権、みたいなアベガー族に典型的な、支離滅裂な記述が続いて閉口する。

日本の米軍向け思いやり予算の一部は、NSAの施設建設に使われたとのこと。そういうこともあるだろう。でも、それがなぜ問題なのか? 朝日新聞の記事にありがちな、ちょっとでもつながりがあれば、とにかくなんでも陰謀加担で共謀でとにかく国家の大陰謀にしてしまい、理屈もなにもあったもんじゃない。日米安保があるんだから、軍事協力の一環として諜報に協力する部分もあるでしょうよ。それがそんなに騒ぐ話だろうか? 日本の基地が、中東のネットカフェなどのアクセスを即座に捕捉してターゲットを同定する活動の拠点になってるって、軍事協力関係にあるんだし、そういうこともあるでしょう。

さらに、秘密保護法がNSAの入れ知恵だとして、それが何か? スノーデンはこの自伝でもわかる通り、政府に秘密があるのは当然としている。日本では政府に機密があってはいけませんか? ぼくは当然、部外秘の事項はいろいろあるだろうと思う。政府が国民の盗聴しまくって、それを機密指定にすれば、あらゆるものが機密になって政府は好き勝手できて、というんだが、それは仮定に仮定を重ねまくりすぎだろう。そしてそれは日本の機密管理の問題であって、それをスノーデンをダシにしてあれこれ語るのはピントはずれの感は否めない。

帯にも「森友・加計疑惑をはじめ、単発で報道される様々なニュースの陰に、急成長する監視の力が見え隠れする」と本文からの引用が出ている。モリカケは、監視まったく関係ないと思うんですけど、とにかく自分の気に食わないものはすべてアベガーでつなげてしまう。

そして各種文書から日本に関連する部分を抜き出しているはずなんだが、日本の施行した施設をNSAがaccept したと書いているというのを、傲慢だなんだと難癖つける。竣工して施主がそれを引き渡されたときの常套句なんだけどねえ。そして上でリンクした文書を見ても、ネタは比較的限られている。それをごまかすため、文書の全体像をなるべく見せることなく、この手のつまらないつまみ食いに、モリカケだナントカだ許せない恐ろしい沖縄のナントカがアベガーというのを大量にまぶすため、結局何がなんだかわからない。

文書の全体を見せ、「こう書いてあるが、ここのこういうところが、ナントカという法律や規定に照らして問題だ」と冷静に述べればずっと説得力が持てたと思う。でも、結局モリカケ疑惑なる無意味な揚げ足取りのツマにスノーデンを使っているだけとなってしまい、スノーデン文書で日本に関する重要な部分を指摘する、という読者の多くが期待したはずのことがまったくできていない。結局、モリカケ騒動のためにスノーデンを利用しただけで、その話題が飽きられたら、スノーデンも道連れになってしまった。あまり読む価値はないと思う。

その他スノーデンの談話を目玉にした本いくつか

スノーデン 日本への警告 (集英社新書)スノーデン 監視大国 日本を語る (集英社新書)スノーデン、監視社会の恐怖を語る 独占インタビュー全記録 スノーデンが語る「共謀罪」後の日本――大量監視社会に抗するために (岩波ブックレット)監視社会をどうする!  「スノーデン」後のいま考える、私たちの自由と社会の安全 ( )

いずれも、上と同じ問題を抱えた本。小笠原みどりのインタビューは、半分が自分語りで、インタビューもそんなに目新しいことは聞けていない。その他の本も、スノーデンの話についてはまったく新しいことが出てきていない。他の人々が、当人の関心についてあれこれ語るのは、おもしろい部分もあるかもしれないが。いずれの本も、2016-2018年という時期にドカどかっと出てきている。つまりどれも、秘密保護法阻止(ついでにモリカケ)のための駒としてスノーデンを使おうとしている本。

特に、これらの本に出てくるスノーデンインタビューは、いささかぼくとしては賦に落ちないものがある。それについてと、その他追加の本についてのコメントは以下を参照。

cruel.hatenablog.com