ソローキン『青い脂』:お下劣瞬間ゲイ小説で歌い上げる文学の確信

青い脂

青い脂

昔の人は、たかが小説のヤワなエッチ描写ごときで発禁だ裁判だと大騒ぎしたもんだが、モロ出しエロ動画がネットでいくらでも見られる現在、もう小説ごときで、下品だエロだ低俗だと騒ぐ時代ではありませんわオホホホホと思っていたところに降って湧いた衝撃作。笑っちゃうくらいのお下劣お下品全開ぶりでありながら(いやまさにそれ故に)いまどき文学への希望と確信を力強く語るという、時代錯誤なのに目新しく、古くさいのに新鮮な代物がこのソローキン『青い脂』だ。
未来ロシアの研究所でスカトロ両刀づかいの変態どもが中露混合の悪態をつきつつ、文学クローンを作って小説を書かせ、謎の物質「青脂」を生産。それがスターリンとフルシチョフがグチョグチョの愛欲ホモ相関図を繰り広げる変な二十世紀に送り返され、そしてヒトラーとの野合と対決の末スターリンはついに青脂を自ら…… というのがストーリーなんだが、これを知ってもあまり意味はない。本書の醍醐味は、あらゆる場面に充満するSMに殺戮にウXコにチXコの飛び交う造語まみれの文体にあるんだから。
そうした造語だけじゃない。青い脂生産に使われる各種文学クローンは文体模写の大傑作。トルストイ風SM小説! ナボコフ式虐殺小説! どれも一見普通の書き出しから唐突に異様な世界に突入するソローキンの瞬間芸的作風が全開だ。そして大笑いしつつも、読者は考えさせられることになる。この作中の人々がかくも重視し、奪い、守ろうとしているこの青脂とは? 著者はそれを通じて、この二十一世紀にあっても文学のもつ力を高らかにい歌い上げ、この低俗きわまるギャグ小説自身が、いつしか文学の未来そのものに転ずるという神業ぶりを示す。
異様(だと思う)な原文を、これまたとんでもない見事に訳しきった訳者たちの偉業にも敬服。読者諸賢も脳にこの青い脂を注入し、脳を爆発させんことを!(10/22掲載、朝日新聞ページ

コメント

ソローキン、これに触れずにはすまされますまい。お下劣書評の限界を目指すとは宣言したものの、そこはそれ、ぼくもだいぶ人間が円くなったのでこんな程度でございます。

それでも、実際の紙面掲載版と比べてみると少しちがいがあることがわかると思う。基本は字数を削るための処置なんだが、唯一物言いがついたのが「ホモ」という一語。ダメなんだって。ゲイや同性愛ならいいんだって。それなら百合はとかおかまはとか、いろいろつっこみたくなるが自粛。昔は、巨乳がダメでナイスバディがオッケーだったし、そこらへんの基準はよくわからん。こういうのがくると、ちょうど時事的なハシシタはよかったのかいとか、まああれこれ疑問多数。

結局、青い脂とは何か、みたいなことは考えてもいいんだが真面目に論じるだけアレなので、自分なりの思い込みで。でも、みんな似たような着想にはたどりつくと思う。もっと異常な深読みを是非とも拝見したいところではあるんだが。

あと、ラストのところがネタバレだという愚かなツイッターを見かけたんだけど、ラストに少しでも関連することを書いてリャネタバレ、とかいう安易な考えはやめてほしいのよねー。読んで初めて「ああ、あれはこれのことか」とわかるのはネタバレとは言わないの!!



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