ゴルバチョフ『ペレストロイカ』(1987) :あまり中身がなく理念とスローガンばかりだった。

Executive Summary

 ゴルバチョフペレストロイカ』(講談社、1987) は、ソ連の体制の刷新と解体から、やがてはソ連そのものの消滅をもたらしたという、当時の世界構造の一大変革につながった図書として、いつか読もうと思いつつ果たせずにいた。いま、35年たって読んでみると、ペレストロイカはスローガンでしかなく、社会主義のダメなところは書いてあるが、それを具体的にどうなおすか、という方策はなく、また書きぶりも社会主義的な制約 (これはレーニン様の路線を継承するものなのだ、等) と、ウソすらまじえた弁明 (レーニン社会主義を世界に広めようとなどしていない、ソ連にそんな疑念を抱くのはゲスの勘ぐりである!)等ばかりが目立ち、あまり勉強にはならない。


 本の断捨離を敢行しているが、その中で「あー、こんな本あったなー」とか、後で読もうと思って何かしら先送りにしていた本とかが出てくるので、メモを。

 まずはこの、言わずと知れた、ゴルバチョフの『ペレストロイカ』。

 まだソ連があった時代から生きている歳寄りにとって、ゴルバチョフソ連改革というのはすごい事件だったし、彼のやったグラスノスチとかペレストロイカとかが、いかに当時画期的だったか、というのはなかなか若者にはわからないと思う。

 だから個人的には、結構すごい文書のはずだと思っていて、これをいつかきちんと読まねばと思いつつ、少し敷居が高いようにも思っていた。で、ずーっと本棚に寝ていた。

 いまやもちろん、ソ連自体がないし、ペレストロイカの中身とか評価も、それがプーチンの登場にどう影響したか、みたいな部分での興味はあれ、それ自体としてはもう歴史的な好奇心でしかない。正直、読まないで捨ててしまおうかとも思ったけれど、まあ目くらい通してもバチはあたるめえよ、というので読み始めた次第。

 で、正直言って、いささか拍子抜けというか期待外れだなあ。いや、いまの視点で言うのはアレなんだが。

 そもそも1987年の本、つまりはもう35年前の本だ。ペレストロイカって具体的に何をしたんだっけ、というの自体がよく覚えていないので、そこらへんをざざっとご説明いただけるものと期待していた。これやるぞ、あれやるぞ、みたいな話がいっぱい出ているものと思っていたのだよ。

 ところが、そういうのがあんまりない。

 これまでの体制の悪口はたくさん出ている。官僚主義がはびこっている、事なかれ主義で新しいものを採り入れない、買い手がいるかどうかも考えずに、求められないものばかり使って、品質も顧みず、無駄が大量に発生している、みんなやる気がないし、停滞しまくっている、けしからん。非効率だし云々。

 で、それを打破するためにペレストロイカしなくてはならん、官僚制を打破し、効率を改善して、新しいものを採り入れ、品質をあげなくてはならない……

 はい、それはごもっともです。で、具体的にどうやって?

 そこのところがほとんど書かれていない。だからペレストロイカだ、ペレストロイカは果てしなく続くプロセスだ! みたいなかけ声がひたすら並ぶんだけれど、具体的に何をするかというと、ほとんどない。唯一それらしいのが、国営企業に対して、品質チェック委員会みたいなのをつくったぞ、という話なんだが、官僚組織の改善のために官僚組織を増やすという、ありがちな(そしてたいがい失敗する)話に見えるよなー。

 で、ペレストロイカ社会主義を壊すものではない、それを正しい道に引き戻してさらに発展させるものだ、というスローガンは大量に出てくる。あと、ペレストロイカがいかにレーニンの本来の思想に忠実なものか、という弁明も山ほど出てくる。ペレストロイカソ連をぶち壊すものではなく、それをさらに発展させるものなのだ、という。レーニン様もNEPをやったぜ、という。そういう話は必要だったんだろうねー。

 さらにゴスプランや国営企業とも議論してペレストロイカの大方針に合意した!全国の労働者からもペレストロイカ支持のお便りが続々!レーニンの基本精神に立ち返るのだ!というのがさんざん出てくる。でも具体策は薄い。まあ親玉の書いた本だし理念中心になるのは当然で、どこかに『ペレストロイカの実務』とかあるのかな。今さら探す気もしないけど。

 ちなみに、2021年末から2022年頭にかけて、キューバがかなり大幅な経済改革を断行したんだが、いろいろ細かい配慮があちこちにあって、当方がそれについて書くときも市場経済化と言ってはならず、市場メカニズムの一部導入と言えとか、計画経済の見直しと言ってはならず、部分的な自律性の導入と言えとか、いろいろ制限がつけられた。この本の書きぶりも、そういう奥歯になんか挟まった書きぶりになっているとはいえる。全体のスローガンの出し方とかはそっくりで、するとキューバの改革の未来も、いろいろ懸念される部分はなきにしもあらずではあるが……

 その後、数年でソ連が崩壊したのは、ペレストロイカが進まなかったせいなのか、それをなまじ進めたせいなのか、それとも別の要因と考えるべきなのか、みたいなことを考えたこともあったけれど、その中身がこういう抽象度だと実際どうだったのか、というのはちょっと思ってしまう。

 あと、外交や軍事面の話もあるんだけど、ソ連は拡張主義的な意図は持っていない、社会主義を広めようともしてない、レーニンだってそんな意図は一度も述べていない、というんだけど、えー、コミンテルンって何するものでしたっけ。当時ですら、こういう物言いはどこまで真に受けてもらえたことやら、という気はする。

 まあともあれ、一応ずーっと抱えていた宿題をササッと終えて、少し肩の荷が下りた感じはあるけれど、30年前にさっくり片づけておくべき本だったなー、こんなに長いこと本棚を占拠させておくべき本ではなかった、と少し悔しい気もする。