レム『大失敗』:残り物をぶちこんだ支離滅裂なゴミため小説

以前、ずっと本棚に鎮座していたカルロス・フエンテスやトマス・ピンチョンやウィリアム・ギブスンにある日一気にケリをつけたように、いま自分がスタニスワフ・レムに一気にケリをつける時期にさしかかっているのは明らかだと思う。そしてずっと本棚にあったドイツ語訳の各種論説にだんだん目鼻がついてきた。『技術大全』は、ぶっ飛んでいて頭おかしいレムの面目躍如。『対話』は非常に明快で、レムの明晰な理解がわかるけど、『SFと未来学』に『偶然の哲学』はずいぶんとおかしくなってる。これについてはきちんとまとめないと。

そしてその一環として、これまで読んでいなかったレムの最後の長編小説『大失敗』をやっと読んだ。腐ってもレムの最後の小説だし、心して読まねばと身構えていたけれど、そろそろそんな身構えも解けてきたこともある。

そして、かなりがっかりしたと言わざるを得ない。話として破綻しているうえ、読み物としてもまったくつまらないし、自分がこれまでの評論で他人を罵倒してきたことが、自分でもまったくできていないからだ。

まず、本書はえらく読みにくい。というのもレムが、彼のいう「認知論的価値」を提供しようとしてなのか、あらゆるものに下手な説明をつけようとする。とってつけたような疑似科学的説明で、言わばハードSF的な雰囲気を出そうとしているんだが、そこにさらにあまりうまくない文芸的な比喩も取り混ぜてまったく要領を得ない。そして科学工学的な素養のまったくない翻訳も、それに拍車をかけている。また登場人物は一言半句に、ここぞとばかり大演説による背景説明を繰り返す。そのため話にメリハリがなくて、いったい何がメインで何が副次的な話なのかがきわめてわかりにくい。一方で、東西冷戦と軍拡競争への懸念(少なくとも人間が持つそうした思いこみ)みたいな、非常に紋切り型な背景があまりに透けて見えて、かなり浅はかだ。

で、お話は?

あらすじ

詳しいあらすじは、こちらを読んでほしい。よくぞあんな読みにくい小説のあらすじを、ここまで適確にまとめてくれました。すばらしい。

ブックレビュー:レム追悼ブックレビュー『大失敗』編その1

ブックレビュー:レム追悼ブックレビュー『大失敗』編その2

が、これはちょっとていねいすぎる。もう一段簡単にしよう。

まず冒頭、どこかの星にちょっとした手違いで着陸したある人物が、その星の地下洞窟ネットワークの探索に行って戻らない人の中にかつての教官ピルクスがいるのを知って、自分もその探索に乗り出したが二次遭難、間際に己を結晶化することで仮死状態になる。

それから200年後、その洞窟の遭難者が発見されて復活されるが、そいつは自分がだれか覚えていない。ちょうど、これまで何の成果もなかったSETIが初めて何やら知的生命の痕跡をつきとめて、その惑星クウィンタに向けて探検隊が出発し、その復活した遭難者もそこに乗り込む。

そのクウィンタについて、いっしょうけんめい大量の放送を浴びせて平和使節だとアピールするけど、何もない。そこで無人探査プローブをたくさん発射したら、うち二つが破壊された。そして本船もシールドを突破されて攻撃される。

そこで人間様たちは、「平和アピールしたのに攻撃してくるとはけしからん、おれたちの力を見せてやる」と言って、惑星クウィンタの月を破壊する。

え? いま何て言った? 相手の月を破壊???!!

……相手のところにいきなり乗りこんで、プロトコルも何もわからずに勝手な思いこみの変調で自分勝手なメッセージいっぱい送って、さあこっちの意図は伝えたぞ、プローブ送りこむぜと一方的に領空侵犯やっといて、反撃受けたら、おおてめえらやんのか、といって、相手の月を破壊する???!!

これはただこちらの力を見せるためであって攻撃の意図はないことはわかるだろうって、わかるかよ、そんなの。月を破壊したらどんな口実つけようと、立派な攻撃だよ。

その後、探検隊は、こいつらは二大勢力が戦争しててそれが機械完全防衛システムとなって、外部からのものは否応なく攻撃されることになってるんじゃないかとか、何も根拠のない邪推と憶測を展開する。呑気ですねえ。

それでまた何度か攻撃されて、今度はさらにクウィンタ星の防衛シールド (海の一部を衛星軌道に挙げて凍らせて氷のバリヤーにしてる)を破壊したりする。

んでもって、「あー、電波でメッセージ送ったのが伝わってないんじゃないですかねえ、うちらの進化プロセスや文明プロセスを示す、紙芝居を向こうの上空に表示したら、お互いの共通性を理解してもらえて話し合いになるんじゃないですかねえ」という、小学生みたいなトホホなアイデアが真面目に検討される。レムさん、あんた本気? 自分で書いててバカ臭いと思わなかった?

……と思っていると、これまで一切コミュニケーションの取れなかった相手が、いきなり人間の言語で高度な外交メッセージを送って寄越す。こう、コミュニケーションの基盤となる共通理解を一切確立しないまま、なんでそんなメッセージがくるの? ご都合主義すぎない? 安全を保証するとか中立の云々とか。人間同士でもなかなかむずかしい代物。さらにおめーらが月を破壊したから都市が1個壊滅したプンプン、と言われても人間は平然としてる。そして着陸許可が出たけど用心のため囮を派遣したら、案の定破壊された。ほら信用ならネエ、さあ報復だってんで地球人は一斉攻撃に出ようとする。冒頭の、復活遭難者がクウィンタ星の地上におりて、相手の本体らしきものを見つけて、あーこれは、と思ったとき一斉攻撃が始まり、彼も死んでしまいました。おしまい。

 

なんなの、これ。

つっこみ

まずさあ、冒頭では、かの宇宙飛行士ピルクスを助けなきゃと勇んででかけるパイロットの話が何章か続く。でもこの挿話に何か意味あるのか? 200年後にそいつが再生されて、このクウィンタ星の探索と最後の地上探検にでかけるけど、そいつが200年前からの復活者だということは、話の展開に何か関係するのか? 繊細になりすぎた未来人に比べ、過去の価値観を持つ復活人間が何かちがう視点を出すとかそういうのは?

何もないんだ。

つまり、冒頭の遭難と復活にいたるいろんな話は、このストーリー展開の中で何の役目も果たさない。

じゃあ、そこで何章もかけるのやめようよ。そいつは最後で、クウィンタ星人の姿をどうしても見たいと暴走するんだけど、それが何か冒頭のエピソードと有機的につながるかといえば、そうでもない。

そしてこの本は、何やら『ソラリス』のような、理解不能な相手に遭遇したときのファーストコンタクトの失敗がテーマ、といった話だと聞いていた。が、上のストーリーを読めば分かる通り、そういう悲劇的な相互理解の失敗とかいう話じゃないんだよ。人間が勝手なことして、クウィンタ星の領域に入り込んであれこれちょっかい出して、向こうが普通に防衛したら、いきなり月を破壊するという暴挙に出る。

ひたすら人間がバカなだけじゃん。レムはそれを半分AIのせいにしつつ、AIは人間を学習データにしていたから人間の攻撃性を相手に読み取ってしまって過剰反応を引き起こした、と主張するんだが、それでも人間バカすぎ。いきなり月を破壊するだ? 相手に本土爆撃くらわしたあとで、お空にでっかく紙芝居見せましょうだと? AI使おうと軍人だろうと、それはそいつがバカなだけだ。

レムは『SFと未来学』でさんざん、アメリカSFは登場人物がバカな行動とバカな選択しかしないと嘲笑して見せる。でもあんたのこの作品は何よ。人が何らかの力関係でバカな選択に追い込まれるとか言うんじゃないんだよ。「攻撃されちゃったよ〜」「よし、月を破壊してやろうぜ。報復と力の誇示としか思わないだろう、攻撃とは思わないだろう」って、思うよバカ。

なんとなく米ソ冷戦構造と軍拡競争についての危機感を反映して、誤解に基づくエスカレーションみたいなのを描きたかったのはあまりに露骨ですぐわかる。でもそのエスカレーションだって、お互い誇示はしたけれど、そこから先は必死で抑えただろうに。月を破壊って、これはキューバのミサイル危機でアメリカがいきなりキューバに原爆10発くらいぶち込むに等しい暴挙だろう。

その後に「あ、うちらの文明についての映画を無理矢理見せましょう」って、それで双方矛がおさまると思うわけ?

そして、いきなり相手が中立地帯だの安全保障だのと長文のメッセージを寄越す。バカ映画「グレート・ウォール」で古代中国人がいきなり英語しゃべるよりひでえわ。どんなアメリカのクズSFだろうと、ファーストコンタクトではまずコミュニケーションのプロトコル確立から入って「ミー、ターザン、ユー、ジェーン」だが、そういうの一切なし。それが許されるのはスタートレックくらいだろう (ちなみにレムはスタートレックもTNGも見ている)。相互理解の不能/失敗が十八番のSF作家がやっていいことじゃないだろ。

そしてラスト、その最初に出てきた復活パイロットが地上におりて、クウィンタ星人の「歓迎」を勝手に突破して何やら蟲の巣みたいなクウィンタ星人を暴いて……すると地球人が攻撃始めましたって、味方が地上にいるのに攻撃すんの?? 地球人、ホントどうしようもなくない?

いやあ、その理屈がまったくわかりませんです。軍事的な心根で宇宙に進出したことが誤解につながる、というのがテーマの一つのはずなんだけれど、軍事とかあまり関係ない。そういう選択をしなきゃいけない背景とか、全然見えてこない。

本作はレムのごみため

実は本作は、レムの論説とか読んでいると、彼の言わばゴミためだというのがわかる。いろんなところに描かれた思いつきを、あれやこれやと詰め込んだだけなのだ。

さっき、無駄だと言った冒頭のパイロット遭難と復活の話。あれは半分くらいは、レムが人格復活再生の問題についてあれこれ語って見せたいという理由だけのために存在している。

クウィンタ星は、海の一部を衛星軌道まで上げて氷のバリヤーを作っている。さて、この設定というのは、ぼくのこのブログを真面目に読んでいる人なら、実はすでにご存じだ。『SFと未来学』第2巻14章「ユートピアと反ユートピア」の章最後に出てくる、レムの模範演技……のはずが設定だけで逃げた代物の使い回しだ (pp.269-272)

あちこちで登場人物が滔々と語る理論や背景も、おおむねかつての論説の焼き直しだ。宇宙人と出会えないかもしれない、という話は、彼が『技術大全』その他で述べていたSETIの失敗の説明の蒸し返しだ。

もちろんぼくはエコロジストなので、こうした廃物利用自体は歓迎だ。でもそのためには、そうした廃物が集まって、ある種の一貫性ある全体を作る必要がある。『SFと未来学』で、やるといってやらなかった技術の社会的影響は? 高度技術を持ち恒星間飛行までできると社会がかわる、とレムは言っていた。でも、地球人側の宇宙船の組織、その背後にある軍や地球の社会はどうも相変わらずらしい。それでいいの? クウィンタ星の状況についての推定は、冷戦対立をそのまま安易に伸ばしただけ。それでいいの? よくないって『SFと未来学』でさんざん言ってませんでした? 地球人が勝手にそのパターンを妄想しているだけだよ、という逃げ口上も可能だけれど、

そしてそれぞれの要素は、その一回だけの登場でおしまい。二度と登場しない。つまりはお話と有機的に関連していないってことだ。

本書は、英訳でカットされた部分がある。乗組員の一人が、宇宙開発への男女共同参画とか言った世迷い言に怒る、という場面だ。それがそのキャラの人格描写貢献するのであれば、それについて一ページにわたって描く意味があっただろう。でも、まったく意味はない。彼が古い価値観の持ち主だったとか、なんかそれで表現したいことがあるなら——そしてそれがストーリーに関係するなら——それを入れる意味はある。でも何もない。レムが気まぐれで入れただけ。

AIの判断を信用していいのか、と登場人物が思案する部分では、レム的なAI史が延々と展開されてAI論みたいなのを出してくるが、その細かい歴史はストーリーに何も関係しない。まったくなくていい。以前どこかでAIとかについて彼が論じたものを流用しただけだ。

そういうのをいちいちありがたがることはできる。ぼく以外の日本人はレムの評論とかほとんど読んでいないので初見でそれぞれが新鮮に見える部分もあるのかもしれない。が、やはりそういうご高説がストーリーやキャラ描写に何も関係ないというのは、たぶんだれが読んでもあまりありがたいものではないはずだとは思う。

翻訳の下手さ

翻訳はかなりひどい。これは出た当初もあちこちで言われたのを目にしたように思う。

まずレムは一応がんばって「認知的な価値のあるもの」、つまり実際の科学的知見っぽいものを入れようとしている。つまりは、もっともらしいハードSF的なものにしようとしている。でも翻訳では、それをほとんどはずす。それは、訳がまちがっている、ということじゃない。が、「ああ、わからないで字面だけで訳しているな」というのが露骨に透けて見える訳語や注ばかりなのだ。そしてそのために、レムががんばってハードSF調にしているのがほぼ死んでいる。

たとえばレムの翻訳で、サイバネティクスを「人工頭脳学」と訳していいの? ダメでしょ。でも訳者はそれをやる。ガントリークレーンを、門形起重機、と訳されたら港湾/物流関係者は失笑するだろう。作中のAIコンピュータは第16世代コンピュータなんだそうだ。そこに訳者は「当時は第5世代コンピュータが開発中だった」と注をつける。日本の第5世代コンピュータってのは、それまでの使った素子に基づく世代とは関係ないインチキなイメージ命名なので、それをいちいち注で言われてもねえ。インダクタンスには注をつけるが、リアクタンスは抵抗に「リアクタンス」とルビをふるだけ。ああ、たぶんなんだかわかってないなあ、という感じ。確率的に有意な、というのは確率的に「有意味な」なる訳語。リーゼ・マイトナーがいなくても原爆は実現した、という部分で、著者はマイトナーに「ドイツの女性科学者」とだけ注をつける。ここで注をつけるなら、マイトナーが原爆実現にどんな貢献したか、というのじゃないかなあ。

それ以外の注の付け方もイースターエッグには注をつけるが、シュヴァルツシルト半径は注がない。ついている訳も、ことごとくピントはずれ。

そしてさらに、continental breakfastは原文のままにして(大陸式朝食)なる訳をカッコに入れてつけて、そこにそれがどんな朝食であるかの注が出ている。が……

まさに全編、そういうやり方になる。表面的な言葉の意味だけ説明するけど、その文が持つ意味はについては何も説明がない。ここは、AIが発達して、いずれ人間と子供を作ったり、いっしょに朝ご飯を食べたりするようになれば、といった思索のところで出てくる。いっしょに朝ご飯を食べたら、というのはつまり、夜をともにする、セックスするという意味だ。それを無視して「大陸式朝食」そのものの説明してどうすんの? 「なぜ消防士は赤いズボン吊りを使うのか」というナゾナゾと同じで、どうでもいいところに意識が行ってしまっている。おそらく訳者自身、わかってないんだと思う。あるいは、周知の事実、とでも言えばいいところが「だれにとっても秘密ではない」。原文の完全な直訳だ。

arbitraryということばがある。「恣意的な」と訳されることが多いけれど、文脈によってちがう。恣意的=おまえが勝手に決めた=任意の=どうでもいい=好きに選んだ、などいろんな意味合いになる。それをきちんと読み分けて訳し分ける必要がある。

ところが訳者はこれを「任意」と全部訳す。恣意的な選択、としてほしいところで「任意的な選択」と訳す。トランプの家は好き勝手な高さにはできず、自ずと上限がある、好き勝手にいくらでも高くはできませんよ、という部分で、任意の高さにできないと訳す。

訳者は巻末で、本書の成立事情をいっしょうけんめい年譜にしてみせる。そして何やら文芸的な解釈をあれこれ加えてみせるんだが、そういう分析をする以前に、この訳者がこのお話を字面を追う以上に理解できているかどうか、ぼくはこの訳文からはあまりうかがえない。途中の注で、「この単語はピンチョン『重力の虹』に出てきて云々とか、それはレムと関係ない。でも訳者は、そういうおブンガクの知ったかぶりが読者になにか意味があるものと思っているらしい。

まったくありませんから。

まとめ

本書はこのように、長いけれど実はこれまでのいろんな書き損じの寄せ集め。無理矢理お話を創ろうとしたけれど、支離滅裂で話として有機的にきちんと構築されず、肝心なところで人間がどう見てもバカなことをやるだけ。それも、そうしたバカな選択をせざるを得ない理由もない。ある種の力学の作用でそういう選択肢かなかった、というわけでもない。どうもレムは、その選択が明らかに馬鹿げているとすら思っていないふしがある。

記述はいっしょうけんめい凝ってみせる。でも、通路を出て偵察機に乗るプロセスの説明と(手を伸ばして手すりをつかんで脚をあげて敷居を超えてブーツで踏み出して云々)、本当に重要な部分とがまったく差別化できていない。つまり記述にまるでメリハリがなく、無駄に細かいだけ。

ストーリーも必然性がなく、レムが重視していた「認識論的意味」もあまりない。それを出そうとして、あまり意味のない細かい背景の説明ネームが続くが、しょせん架空なので読者にとって意味もない。新技術がもたらす社会的な考察もない。

よってぼくは、これはどうしようもない愚作だと思う。ネットにある感想文を読むと、レムだから深読みして感激しなきゃいけないという義務感にかられている人が多い。無駄にあれもこれもぶちこんでいるから、一つくらいは琴線に触れるものもあるかもしれない。

が、ぼくにはなかった。

ちょっと最近、レムのノンフィクションいっぱい読んで呆れることがあまりに多くて、それが本書の評価にも悪影響を及ぼしている可能性はある。が、それを確認するために2度目を読むことは……たぶんないだろう。