オールディス『ヘリコニアの春』から『ヘリコニアの冬』へ

前回、オールディスの未訳の大作『ヘリコニア』シリーズの翻訳を、AI翻訳の事例研究としてやってみている話をした。

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で、一ヶ月ほどで第一部『ヘリコニアの春』が終わった。途中で出張とかも入っていて手がつかなかった時期もあるので、実質20日ってところかね。

ブライアン・オールディス『ヘリコニアの春』(全部)

まあだれも読んでいないだろうが、サンリオSF文庫が出ていた頃には近刊予告にも出たりして、結構期待は高かったように思う。ヘリコニアより先に『マラキア・タペストリー』が出たときにはちょっと意外だった。

これも、イマイチ印象に残っていない作品。確か中世っぽい世界 (あらゆる科学技術の発展が禁止されてるかなんかだっけな) のプレイボーイが、メガネっ娘みたいなインテリ娘をコマして嘲笑っていたら、本命で狙っていた女に自分が遊ばれていただけだというのが判明してギャフン (←死語)。その後、遊びのつもりだったインテリ娘に言われた、社会参加の重要性かなんかに目覚めました、というような話じゃなかったっけ。非常に図式的な作品で、登場人物はストーリー展開の駒としての役割以上のものは一切なかった (だから印象に残っていない)・

でも確か大瀧啓祐が解説で、これがいかに名作であるか、みたいな話をしていたような記憶があり、そしてこれが次の『ヘリコニア』で大きく発展するのだ、と書かれていたので、ついにくるかと楽しみにしていたんじゃなかったかな。

 

さて、もちろん著作権というものがあるのでみんな『ヘリコニアの春』は読んではいけないんだけれど、原文で読んだえらい人々ならわかるとおり、この『ヘリコニアの春』も、前回書いたように非常に図式的。そして最後の2章に、経済発展に貨幣経済への移行、ケプラー法則の一瞬の発見、双太陽世界の日蝕に、社会における知識の重要性、革命にあれやこれやとやたらに詰め込まれて、構成としてめまぐるしいなあ。おかげで、最後から二番目の行の、意地悪な記述にみんな気がつかないけど。みんな、エンブルドックの人々を応援し、この世界のコペルニクス+ケプラー+ニュートンみたいなやりマンの超天才少女ヴライちゃん (エロラノベみたいな設定) を応援する気になっているんだけれど、それを完全に踏みにじるって、オールディスも人が悪いなあ。

が、『ヘリコニアの春』はこういう作品なのです。結局サンリオで出ないで、原書で読んだときには「おおすげえ」と思ったが、うーん、いま読むとすごいのは世界観だけ、という気もする。が、その一方でそれがSFというものの醍醐味ではある。舞台設定こそがほぼすべて、という……

 

で、お次は『ヘリコニアの夏』……はとばして『ヘリコニアの冬』にかかりましょう。一つには、ぼくがコイツを未読だったということ。すでに読んだものよりは新しいものをやりましょう。それでぼくにとって、この三部作は片付くことだし。

もう一つの理由は、『ヘリコニアの夏』は、ヘリコニアがフレイヤに最接近して灼熱世界になる時期で、確か大きな世界変化はなかったんだよね。人類が最盛期を迎えてその文明も極大にまで発展するので、普通の文明世界だったように記憶している。読んだのがはるか昔だから、うろ覚えだけど。そこでも、理性と科学による宗教と迷信の打倒、みたいなテーマは健在だった。お話としてはありだが、この双太陽世界という醍醐味は少し薄かったような印象がある。

ところが『ヘリコニアの冬』は進歩史観的なそれまでの話をひっくり返す。こんどは、世界は夏から急激に冬に向かう。人間文明は発達し、自分たちとファゴルの共生関係も理解できるようになるけれど、でも人間は迷妄に囚われて馬鹿なので、自分の首を絞めてもいいからファゴルを殲滅しようとする。そしてまた、彼らをずっと観察していた地球の観測ステーションも滅びる。その信号を受けていた地球も、野蛮へと転落する。というわけで、いろいろ変化があり、そしてオールディスの非常に冷たい視線も出ているみたいで、『夏』よりもおもしろそう。

ということで手をつけはじめました。こちらも一ヶ月くらいかねえ。飽きて投げ出すかもしれないけれど。ここを見ていると、ひょっとしたら途中経過/完成稿がいつのまにかアップされる可能性もあるが、もちろん著作権というものがあるので見てはいけないよ。では。

付記:

やろうかと思って『ヘリコニアの冬』、ざっと見ていたら、どうも完全な、ガイア仮説オカルトの世界に陥ってるみたいで、どうしようか。

ガイアが、ヘリコニアの惑星意志に、もっと共感と優しさを大事にしなさいと念を送って、それがヘリコニア冥界の幽鬼や魂霊を通じて……とかいうのが平然と垂れ流されている。

途中の、愚かになった地球人たちの気の迷いの描写だと信じたいところだが…… まあどうなるかはお楽しみ。と言ってる間に最初のところがきました。

ブライアン・オールディス『ヘリコニアの冬』