Anderson, "Che Guevara":壮絶な調査に基づく空前絶後のフェアなゲバラ伝

Executive Summary

すさまじく分厚いゲバラの決定版伝記。綿密で詳細な調査とインタビューはとにかく圧巻。キューバで長年暮らして関係者の資料を大量に閲覧、ゲバラ懐柔役だったはずの老練なソ連外交官から、恋する乙女まがいの赤面するようなコメントをモスクワで引き出し、最後の部隊の生き残りにスウェーデンまで出かけてヒアリング。すごい!

思想形成や、戦略的な評価といった大局的な視点はいま一つ薄い。だが、その調査が浮き彫りにする、ゲバラの人格的な信じがたいほどの魅力、およびそのとんでもない滅私奉公の独善ぶりは、これまでの伝記などで見られる、とても単純かつ純粋な理想主義者というイメージにかなり修正を迫るものではある。

そして本書はそのすさまじい調査により、ゲバラの最期についての決定的な証言を入手し、そのおかげで謎だったゲバラの埋葬場所まで明らかになり、ゲバラ遺体のキューバ帰還にまで貢献した——ここまで対象の現実の運命を左右した伝記は希有。ゲバラに本当に関心あるなら必読。

本文

チェ・ゲバラといえば、いまや世界的アイドルでファッションアイテムとなっている、かのキューバの革命家だ。ぼくはこれまで、毛沢東トロツキーポルポトといった世界の左派革命家の伝記をいっぱい訳してきたことからもわかるとおり、こうした左派革命家/社会改良家(意図としては)には興味がある——よくも悪しくも。彼らが何を考え、どんな過程でその思想を抱くようになり、さらにそれがどのように往々にして歪み、当人の思ってもいないような結果を生み出したか。それはもちろん、個別性がきわめて大きい一方で、妙に似通ったところもあるし、時代が生んだ結果という面もあれば非常に個人的な面もあって、実におもしろい。そしてその中で、どこに注目し、何を描き出すか——それはその伝記作者のお手並み拝見だ。

ということで、こうした系譜につながる革命家としては、チェ・ゲバラははずせない存在だ。だけれど彼はキューバの建国神話の一部だし、変なアイドル視されている一方で、アメリカの亡命キューバ人たちには忌み嫌われている存在で、さらに全然関係ない形でファッション化されて、実像がかなり見えにくい人物だと思う。以前から、まともな伝記を読みたいと思ってはいて、まあそこそこよさげということで買ったのが、次の本だった。一番分厚そうだし、崇拝者が書いたわけでもなさそうだし。

Che Guevara: A Revolutionary Life (Revised Edition)

Che Guevara: A Revolutionary Life (Revised Edition)

 

あまりに分厚さに、買ったはいいが手に取るのを先送りにしていたけれど、このコロナ謹慎で初めて通読いたしました。二回。そして結論としては、かなりすごい伝記。この長さは、プラスにもマイナスにも働いているけれど、プラス側が圧倒的に大きい。1回目に読んだときには、長さが気になって悪口を書きかけたが、二回目を読んで、これはちょっと認識を改めねばと確信。

手間暇かけた綿密な調査はすばらしい

分厚いのは、著者がものすごい手間暇をかけてよく調べたからだ。キューバに数年滞在し、各種の記録を十分に漁り、未亡人の保管している文書も最初の妻の記録とかも、きちんと漁っている。「モーターサイクル・ダイアリーズ」はかなり前に刊行されていたけれど、ゲバラはその後もう一度南米旅行をしていて、カストロに初めてメキシコで会ったのもそのときだ。執筆当時はその日記がまだ公式に公開されていなかった。キューバ革命時代の日記も未公開だった。そういうのもきちんと文書館で漁り、関係者に頼み込んでいろいろ見せてもらっている。その後、これらの日記も公開されたので、その分ありがたみは薄れた面はある。が、それで著者の最初の努力が否定されるわけではない。

また感心したのは、ゲバラボリビアの前にアルゼンチンで(リモコンで)やり損ねた革命蜂起があって、その最後の生き残り、シロ・ブストスが書いた回想記、特にゲバラに焦点を当てた本。この本についてはまたいずれきちんと書くけれど、ゲバラに心酔してアルゼンチンからキューバに渡り、同じく故国の共産主義革命を実現したかったゲバラの下でゲリラ訓練を受けて、そしてアルゼンチンで一瞬で潰されてしまった人が、自分の無駄だった人生について苦々しく振り返る本だ。

彼はボリビアゲバラが捕まる直前に、レジス・ドブレを都市部の工作に送り出す付き添いで部隊を離れ、つかまって数奇な運命をたどり、最後にスウェーデンに亡命みたいな形でひっそり暮らしていた。この本を書く前にブストスは多くのゲバラ伝著者から接触を受けてはいたんだけれど、努力してスウェーデンまできちんと取材にきたのはこのアンダーソンだけとのこと (ただし最終的な本の中で、その発言は端折られてしまったそうな)。

またゲバラの最期についても詳細に取材をして、実際にボリビアまででかけて、そのゲバラ捕獲部隊の関係者を見つけ出し、その死体のありかをつきとめ、キューバへのゲバラの死体帰還のきっかけとなったのもアンダーソンのこの調査だ。この一連の騒動に関する、増補改訂時の加筆もおもしろい。

長いためにダレてしまい、焦点が散漫になるが、個人的な魅力/欠点は出せている

一方で、長いのがマイナスに出る部分というのは、それがひたすら単調になりがちないこと。ずっと「エルネストはこうした。ああした。こんな手紙を書いた。ここでこんな人と会った」というのが続くことになる。細かく調査した結果を出そうとするからそうなるんだが……

特に、さっきも述べたように『モーターサイクル・ダイアリーズ』の旅程について実に細かく再現したり、その次の南米旅行やキューバ革命の話が、ほぼ完全に日記の註釈版みたいになったりしているのは、いささか辟易する部分はある。ただし、これはまず、2回目の南米旅行やキューバ革命についてはこの伝記刊行時点でまだオリジナルの日記が公刊されていなかったことがある。彼は自分の調査で得た資料としてその内容を紹介したわけで、刊行時点ではこれは貴重だったはず。いまは「こんなの日記を読めばいいじゃん」と思えるけれど、それはたぶんこの伝記に対してフェアではない。

また、単に日記の再現ですませてもいない。同行した仲間はもとより、その行った先で会った人まで探し出して話を聞いているのはすごい。おかげで、日記には明記されない、「ここでこんな女の子に手を出し、あっちでこんな子に手を出し」みたいな話がいっぱい追加されている。ゲバラはハンサムでもてたし、基本的にはやりチンだった。それを知ってどうする、というのはあるけど。

特に意味深なのは、『モーターサイクル・ダイアリーズ』の最後の話。あの本を読んだ人なら知っているけれど、あれは基本的には、金持ちバックパッカーのお上りさん日記以外の何物でもない (だから楽しい映画にできるのだ)。でもその最後に唐突に、何やら謎めいた人物に出会って、その人物のモノローグが収録されている。明らかにそれは、ソ連スターリニズムから逃げてきた社会主義シンパの人間だ。そしてこのモノローグがあるからこそ、この脳天気な旅行記が何やら意味深な、思想に身を捧げる孤独な生き方へのプロローグみたいなニュアンスを持つようになっている。

この人物はだれだろう? 同行した仲間グラナードは、そんな人間に会った記憶はない、と否定しているそうだ。実はこの部分は、もともとこの日記に入っていたものではない。アレイダ・マルチが手元に持っていた遺稿の一部で、彼女はそれらを焼き捨てろとゲバラに言われていたとのこと。彼女は、こんな人物がいたわけではなく、道中で会ったいろんな人物を寄せ集めたフィクションではないかと考えているそうだ。でも、ゲバラがどこかでこういう人間(たち)に会って、強い印象を受けたのはまちがいない。

細かい記述は全体に鬱陶しいこともある。キューバに来てからゲバラの部隊に加わった人を「だれそれが加わり、ゲバラと気があって、次にきただれそれは、イマイチソリが合わず」と延々続ける。要るのかね。その一方で、そうした描き方がゲバラの人物像を非常にはっきり描き出しているのも事実。

たとえばさっき、ゲバラは基本、やりチンだったことを書いた。最初の奥さんイルダについてもゲバラはかなりひどくて、ゲバラ側のいろんな話をまとめると、迷いはあったけれど、でもあんまり積極的ではなく、むしろセフレ的な扱い。イルダは、相思相愛の熱烈な関係でタイミングが合わなかっただけ、と言いたがるけれど……そしてイルダのほうがゲバラにベタ惚れで、外国まではるばる追っかけて、便宜もはかり仕事も世話して人にも紹介し、いろいろ世話もしてお金もあげて挙げ句に下積みを強いられ、新しい奥さんアレイダが出てきたらあっさり乗り換えられ、とゲバラはまるでヒモ状態だ。

その一方で、彼が非常に魅力的な人物であったこともまちがいない。それが最もよく出ているのは、キューバ危機以降、彼が弱腰のソ連に幻滅し (彼やカストロは、アメリカをあの核ミサイルで撃破すべきだと本気で主張していた)、あちこちでソ連の悪口を言うようになったときに、ソ連が送りこんできた外交官メツーソフとの接触でのできごと。

メツーソフは、もちろんゲバラを問題児と思っていて、なだめるか、脅すか、懐柔するかしようとしている。そして最初いろいろ話をするんだが、議論は平行線をたどるんだけれど……

メツーソフは、不思議な感覚を体験し始めたのだと言う。肉のたるんだ、ゴワゴワ眉で巨大な耳と薄青い目のメツーソフは、チェと「恋に落ちた」のだという。「こう言ったんです。『なあ、私はきみより少し年上だが、きみが気に入ったよ。何よりきみのルックスが好きだ』。そして告白したんですよ、彼に対する愛をね。だってすごく魅力的な若者でしたから……彼の欠点は知っていましたよ、いろんな報告書や諜報から。でも彼と話していると、やりとりをしていると、冗談を言い、笑い合い、不真面目な話もして、すると欠点のことなんか忘れてしまった……惹かれたんです、わかりますか? こちらはそこから逃れたくて、身を引き離したくて、でも魅了されたんですよ……目がすごく美しかった。素晴らしい目で、実に深くて、実に優しくて、実に正直で、もうとにかくそれを感じずにはいられない……しかも話し方がすばらしく、自分でも興奮して、その話し方もそんな感じで、ものすごい迫力で、言葉でこちらが絞り上げられる」(p.552)

この赤面ものの告白を、モスクワにでかけて、この元外交官に語らせた!! 旧ソ連の老練なスパイもどきのデブなジジイに! これを聞き出しただけで、アンダーソンの力量は分かろうというもの。すげえ。他のゲバラ関係者の各種インタビューなんかを読むとゲバラについてだいたい良いことしか言ってない。それはイデオロギー的な偏向とか、検閲とか、そんなものもあるだろうと思うのが人情だ。でも、これを読むと、彼が本当にすごい魅力を持った人物だったのは、疑問の余地なくわかる。

多くの人は、上のような彼の個人的な魅力のおかげで、ゲバラについてはいい想い出を語る。でも一方で、ちょっとでも自分の意に沿わない相手に対しては、ひどかったらしい。地方農民の教育活動でも、物覚えの悪い農民を茶化して泣かすほど恥をかかせ、キューバの職場でも職員のその時の事情など一切考慮せず、無神経きわまる発言をあちこちでやらかしている。

その思想:革命滅私奉公の全体主義

そして、こうした細かい記述から、やはり彼の決定的な欠点というのもこの伝記から浮かび上がってくる。

基本、彼は身勝手で、自分がすべて基準だ。すべて革命に奉仕だ、という人物ではあって、その意味で彼は天才ではある。自分で権力や金や女を手に入れることにはまったく興味は無かったのは事実。でも他人にもその基準をひたすら要求し、みんなとにかく滅私奉公で革命に奉仕しろ、国家に奉仕しろ、一夜にしてスチール工場ができないのは革命精神が足りないからだ、というだけの単細胞で、他人がどうだとかいう想像力はほとんどない。土曜もあちこちでかけてボランティアの肉体労働をしていて、工業大臣がそんなことやっていると、役人たちもそれをやらざるを得ず(それにやらないと革命精神が足りないと言って怒られる)、決して評判はよくなかったとのこと。

彼の世界には、ぼくたちが考える「自由」というものはない。革命への奉仕=全体主義なんだけれど、それを批判されると持ち出されるのが「新しい人間」というやつだ。いまは人間が資本主義その他に毒されて堕落しているだけで、革命下の「新しい人間」は、まさに自分の「自由」な判断で革命に滅私奉公するようになるのだ!

結論が完全に決められた「自由」。それ以外のことを考えることさえできなくなった状態での「自由」。日本の伝記や解説書はすべて、これがどんなに恐ろしい全体主義思想かについて、完全にネグってくだらない翼賛しかしていない。

キューバの農業や産業がまったくダメになったとき、各地の社会主義経済学者たちが、多少は私有制とか導入して、働くインセンティブをつけようよ、と提案すると、ゲバラは怒る (彼は工業大臣で、サトウキビ生産も担当していた)。そんなNEPみたいな軟弱負け犬根性でどうする、それは労働者たちの革命精神が足りないからだ、と。現実にあわせて政策を変えたりはしない。政策=思想にあわせて現実を変えろ!

しかも彼の言う革命というのは、打倒米帝の暴力革命だ。暴力革命の後で何をするかについては、まったく腹案はない。革命さえ起これば、革命精神ですべてがうまく行くはずだ、というわけ。

そこらへんの彼の意固地さ、融通のきかなさもこの伝記はうまく出している。そして上に述べた彼の個人的魅力が、こうしたダメな部分をかなり補っていたことも。

思想形成の謎・キューバ革命の不思議

だが、そういったものすごい硬直した思想がどういうプロセスで出てきたのかは、この長い伝記を読んでもよくわからない。二回の南米旅行の途中でアメリカの横暴に対する反発と貧乏人への同情に傾いたというのはわかる。通常の伝記は、それでゲバラは革命の大義に目覚めました、で終わりだ。

でも、その程度ならだれだって多少の義憤をたぎらせるくらいのことはやる。でもそれでいきなり共産ゲリラになったりはしない。なぜゲバラはいきなり先鋭化したのか? この分厚い本を見ても、これはほとんど見えてこない。チリやボリビアの鉱山で労働者の反乱にあったとか、グアテマラでクーデター未遂に参加したとか、そして『モーターサイクル・ダイアリーズ』に出てくる、明らかにソ連からスターリン政権を逃れてきた謎のロシア人の話とか、エピソードは少しあるんだが、それも羅列になっていて、思想が形成されるプロセスみたいなのが、あるようなないような。

明らかに、この2回目の南米旅行で彼は先鋭化している。一つには、グアテマラで会った最初の奥さんイルダ(すでに活動家だった) の影響は大きかったはず。思想的に何を吹き込んだかはわからないけれど、人間関係面では彼女がキーマンだ。あちこちの左派関係者に会わせたのも彼女、カストロに引き合わせたのも彼女だ。さらに、『モーターサイクル・ダイアリーズ』最後に出てくる謎の人物が鍵で、この人物による何らかのオルグ活動/洗脳を受けたんじゃないか、という感じではある。が、その本当のところはおそらく、決してわからないだろう。

あと、カストロとの関係は少しあるようだ。カストロとはDV共依存みたいな感じで、つまんないことでむちゃくちゃ怒られて、その後急に優しくされるというのを何度かやられて、絶対服従みたいな感じになっていたようではある。でもそれが思想形成につながったような感じでもないし……

カストロといえば、キューバ革命そのものについても、はっきりした視点がないのはもどかしいところ。キューバ革命の大きな謎といえば、なんでそれがそもそも成功したのか、というのがある。メキシコからグランマ号で渡ってきた数十人ほどが、なぜ短期間に革命を実現してしまったのか? そしてその中で、カストロゲバラは本当に戦略的、戦術的に優秀だったのか? この伝記を読んでも、そこらへんはあまりはっきりしない。

成功の理由は、カストロゲバラが乗り込んでくる前に、まずバチスタ政権がむちゃくちゃやって、国内の反発が高まっていたこと、そして何よりも、すでにキューバ共産党が地道にオルグ工作を都市部でも農村部でも展開していたことが大きい。カストロたちは、一つはその下地を拝借して使えたために成功した。唯一、かれらの独創といえば、他の反乱軍とちがって(そう、キューバには他の反乱勢もいて、蜂起に失敗している)農村部からだんだんオルグしていった「フォコ」戦略のおかげ、ということらしいんだけれど(その意味でキューバ革命は、都市部プロレタリアを中心としたロシア革命よりは中国革命に近い)、それもきちんと考えてのことなのか、あるいは単に偶然のなりゆきなのか——そこらへんの見立てが、この伝記は弱いので、あるところからは普通のキューバ革命凱旋物語になってきて、不満ではある。

虐殺のゲバラ

あと、これまでのゲバラの評価というと、なぜか人道主義者かそれとも虐殺魔か、みたいな話になってしまう。たとえばこんなの:

synodos.jp

ゲバラに対する批判というのは、ゲバラが革命後に旧政権関係者を粛清したとか、いろんなところで暴力肯定の話をしていたとか、そんなことなんだって。

ぼくはこれがよく理解できない。これが批判だという人は、ゲバラが非暴力主義のガンジーかなんかだと思っているんだろうか。だって、ゲリラ戦士でドンパチやってた人間だぜ。常に暴力革命を肯定した。ソ連に対して、暴力革命をしないと言って批判したし、ソ連が核ミサイルをキューバに設置したとき、それをアメリカに向けてぶっ放せ、と主張した。革命後の粛清は結構すごくて、本書によればさんざんスネをかじられた父親が息子の勇姿を見にキューバにやってきたときも、息子の殺戮嗜好にはドン引きしたとのこと。

ただ、本書を読むと、ゲバラが生来のサディスト殺人鬼ではなかったらしいというのはわかる。それこそ、カストロに気に入られて革命の大義に尽くすために、自ら敢えて自分をそういう立場に追い込んでいったような印象さえある。殺した/殺してないから悪い/いいといった単純な見方を超えた視点が本書にはある。

その最後:故国アルゼンチン革命の夢

で、話は最後に、ゲバラの死だ。ゲバラがなぜそもそもコンゴボリビアにでかけたか、という点については、カストロに煙たがられて国外追放されたから、という説もあったけれど、これはどうもちがうらしい。ゲバラが自分で、国内の行政職に向いていないのを悟ってゲリラをやりたかった、というのが実際のところらしい。

そして、なぜボリビアを選んだか、という点だけれど、これは彼の「ゲバラ日記」=ボリビア日記についての話でも書いた。

cruel.hatenablog.com

なぜボリビアか、なぜそこでジャングルのゲリラだったのか——後者については、ゲバラが単に過去の栄光もう一度と思っていただけ、という可能性が強い。でもボリビアについては、彼が故国アルゼンチンでの革命を目指していて、その足がかりとしてボリビアを選んだ可能性が高い。かつての失敗したアルゼンチン革命の生き残りをわざわざリクルートしていること、そして拠点として、ボリビア・アルゼンチン・チリの国境近いジャングルを選んでいること。

そしてもう一つ、彼がキューバ革命の英雄でありながら、やっぱりキューバにはなじめなかった、という点がこの伝記では指摘されている。コーヒーではなくずっとマテ茶、踊りもできず/せず、食い物もなじまず、ラムも飲まず、とにかくキューバ的な風習には、葉巻以外一切はまらなかった。その意味で彼は孤立していたし、そして極端な革命至上主義はその孤立から生じたのか、あるいはその孤立が革命至上主義に走らせたのか——この伝記はそこも描き出す。

まとめ:長さ故にダレるが詳細な調査の迫力はすごい

というわけで、本書は非常によい伝記になっている。無駄に分厚い面はあるんだが、その一方で無駄だけではない。ものすごい綿密で詳細な調査により、必然的に分厚くなった面が圧倒的に大きい。その後、当時はまだ封印されていたゲバラの各種日記が公開されてしまい、多少ありがたみが薄れた部分はあるが、特にそのすさまじい広範なインタビューが持つ迫力は、他の追随をまったく許さない。

思想形成や、戦略的な評価といった大局的な視点はいま一つ薄い。だが、その調査が浮き彫りにする、ゲバラの人格的な信じがたいほどの魅力、およびそのとんでもない滅私奉公の独善ぶりは、これまでの伝記などで見られる、とても単純かつ純粋な理想主義者というイメージにかなり修正を迫るものではある。

そして本書はそのすさまじい調査により、ゲバラの最期についての決定的な証言を入手し、そのおかげで謎だったゲバラの埋葬場所まで明らかになり、ゲバラ遺体のキューバ帰還にまで貢献した——ここまで対象の現実の運命を左右した伝記というのもなかなかないだろう。

この分厚さで、読むのはたいへん。でも、ゲバラに本当に関心あるなら——Tシャツ着るだけのニワカでない自信があるなら——是非とも読むべき。

 

(なお、ツイッターで、本書の電子版はゲバラが最後に命乞いをしたという下りを圧力により削除したとのコメントがあったが、紙版でもそんな下りはない)

蛇足

全然関係ないけど、去年キューバから戻ってきたときに駅でこいつのポスター見かけてのけぞったんだが、なんか見たいような見たくないような(いや、かなり見たくないなあ)

こんどキューバに行くとき(いつに鳴るのかなあ、コロナはやく終わんないかな)、嫌がらせでこれを持っていきたい気もするが、逮捕されそうな気もする……