書評

ケインズ全集28巻「社会政治文学論集」

先日、ケインズの「芸術と国家」という文章を訳した。 cruel.hatenablog.com そのとき、これがケインズ全集に入っているかどうかいちいち確かめたりしなかったんだが、別のことを調べていたら、出ているのがわかった。 社会・政治・文学論集 (ケインズ全集)…

フロイト『夢判断』:フロイトの過大評価をはっきりわからせてくれる見事な新訳

新訳 夢判断 (新潮モダン・クラシックス)作者:フロイト新潮社Amazon 古典をきちんと読まなければ、みたいな強迫観念は、昔は強かったけれど、いまはあまり残っていない。が、フロイトは高校時代に岸田秀に入れ込んだこともあり、またいろんな人がフロイトは…

ケインズ「H.G・ウェルズ『クリソルド』書評」

最近、初版諸般の事情でケインズの伝記をいっぱい読んでいるんだが、うーん、スキデルスキーのものすごい分厚い三巻本とかがんばって見ているんだけど、平板だなあ、という感じ。分厚いのだと、その物量にうんざりしてそういう印象になりがちだというのもあ…

おまけ:太田昌国『チェ・ゲバラプレイバック』は、ビリーバー本ながら率直で好感は持てる

チェ・ゲバラプレイバック作者:太田 昌国発売日: 2009/01/01メディア: 単行本 この本は変な本ではある。現代企画室を主宰し、チェ・ゲバラ関連の本をたくさん出してきた太田昌国が、基本的にはゲバララブを貫徹しつつも、擁護しきれず変な妄想に走っていると…

Castaneda, The Life and Death of Che Guevara: 闘争論ならぬ逃走論としてのゲバラ伝?

乗りかかった船なので片づけてしまおう。メキシコの政治学者によるゲバラ伝。 Companero: The Life and Death of Che Guevara (English Edition)作者:Castaneda, Jorge G. VintageAmazon これまたアンダーソンのもの、タイボIIのものと並び、1997年に出版さ…

タイボII 『エルネスト・チェ・ゲバラ伝』:細かいだけで変な脚色だらけ

もうゲバラ系はそろそろやめようかと思ったが、でかいのが残っていたので片づけよう。パコ・イグナシオ・タイボII『エルネスト・チェ・ゲバラ伝』。先日書評したアンダーソン版と同時に出た、でっかい伝記となる。 エルネスト・チェ・ゲバラ伝〈上巻〉作者:…

その他ゲバラ伝・関連本(の主なもの)まとめて紹介

はじめに はいはい、もうでかい伝記は片付いたみたいなので、あとはもう落ち穂拾いで関連書を一気に処理します。いっぱい出てくるけれど、伝記は分厚いのを読む気がないのであれば、マンガ版ゲバラ伝を読むのが必要十分。 マンガ偉人伝 チェ・ゲバラ (光文社…

D. James "Che Guevara: A Biography": 最初期で最も明解な視点を持つ伝記

Executive Summary D. James "Che Guevara: A Biography" は、1969年、ゲバラの死の直後に出た伝記。本書の最大の特徴は、明確な視点と答えるべき疑問を持ち、それをきちんとときほぐしていること。ゲバラの無謀なボリビア作戦の謎を中心に、ゲバラにまつわ…

Anderson, "Che Guevara":壮絶な調査に基づく空前絶後のフェアなゲバラ伝

Executive Summary すさまじく分厚いゲバラの決定版伝記。綿密で詳細な調査とインタビューはとにかく圧巻。キューバで長年暮らして関係者の資料を大量に閲覧、ゲバラ懐柔役だったはずの老練なソ連外交官から、恋する乙女まがいの赤面するようなコメントをモ…

マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』:3ページで書ける仮説を引きのばした鈍重な文芸評論

Executive Summary マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』は、文字、なかでも表音文字の発明が、意味と表現との分裂を招き、それにより人間の意識をも分裂させた、と唱える。それまでは聴覚=全身性の感覚で環境に没入し、環境と一体化していた部族社会的…

ブローデル『都市ヴェネツィア』:お気軽なフォトエッセイ

Executive Summary お気軽なフォトエッセイ。『地中海』の碩学だがそうした面は軽く触れるだけで、個人的な思いでと文芸的な位置づけ、その文化への憧憬と将来展望を簡単にまとめて、奥深さを持ちつつもさっと流し読みできる。 本文 都市ヴェネツィア―歴史紀…

ブローデル『地中海』その他:前半は地中海世界の広がりを美しく描き出す名著だが、結論不満、また現代的妥当性は?

Executive Summary ブローデル『地中海』は、特に前半は地中海を取り巻く環境、物質世界とそれをベースにした人間たちの活動を壮大かつ優美に描き出し、とても美しく豊か。でもそれがこれまでの歴史的な見方にどう影響するのか、後半で採りあげる事件や人物…

『ゲバラ日記』=ボリビア日記 全種類比較

Executive Summary チェ・ゲバラのボリビア時代の日記、通称『ゲバラ日記』は、邦訳が8種類もある。特に原著の直後1968年に出た5冊は、真木訳を除いて翻訳権がどうなっているのかまったく不明。いちばんありそうなのは、キューバ政府内でもそもそも権利の帰…

シュペーア『第三帝国の神殿にて/ナチス軍需相の証言』:これほど我田引水の自分だけいい子チャン回想録があるとは愕然。

Executive Summary ナチス軍需相アルベルト・シュペーアの回想記『第三帝国の神殿にて/ナチス軍需相の証言』は、前半のヒトラーの建築/ベルリン計画マニアぶりなどおもしろいところもあるが、その後はひたすら、自分が常に正しく冷静で状況を把握し合理的に…

Tooze『CRASHED』: アメリカ一極が終わって……次がない……

Crashed: How a Decade of Financial Crises Changed the World (English Edition)作者:Tooze, Adam発売日: 2018/08/07メディア: Kindle版 うーん。 まずは歴史認識の簡単なおさらい。世界が第一次世界大戦前は、金本位制をもとにしたヨーロッパ覇権みたいな…

スノーデン暴露の背景解説書……その前に各種スノーデンインタビューの不思議。

スノーデンがらみで、さらに関連書を読んでいる。スノーデンが直接登場した各種の本を離れて見ると、土屋大洋『サイバーセキュリティと国際政治』はスノーデンを手がかりに現代のサイバー環境、国際政治、監視社会と自由のジレンマまで、広範な内容をきわめ…

スノーデン関連書紹介

このたび拙訳で、エドワード・スノーデンの自伝が出ることになった。我ながらものすごい勢いで訳したので、やろうと思えば9月の原書発売と同時発売も可能だったと思うけれど、なんだかんだで11月末になりました。 スノーデン 独白: 消せない記録作者: エドワ…

バラード『太陽の帝国』新訳は、当然大きく改善されています……と書きたかったんだけど。

先日ふと、バラード『太陽の帝国』の新訳が出たのを知った。しかも山田和子訳。 太陽の帝国 (創元SF文庫)作者: J・G・バラード,山田和子出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2019/07/30メディア: 文庫この商品を含むブログを見る これについては、国書刊行会…

ガルシア=マルケス『戒厳令下チリ潜入記』:ガルシア=マルケスは潜入してないし映画のおまけ。潜入して何が見えたかはまったくなし。

戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険 (岩波新書 黄版 359)作者: G.ガルシア・マルケス,後藤政子出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1986/12/19メディア: 新書購入: 2人 クリック: 12回この商品を含むブログ (23件) を見る ずっと本棚にあったのを初めて読…

「平成の30冊」への山形の投票

朝日新聞が、「平成の30冊」なる企画をするのでアンケートをされた。回答すると、図書カード3000円だそうで。3000円だとあまり深く考える気も起きないし、また山形の選評とかがどこかに載るわけではなく、トップ30を選ぶために集計されるだけなんだよね。 通…

マクナマラの悲しい弁明

マクナマラ回顧録 ベトナムの悲劇と教訓作者: ロバート・マクナマラ,仲晃出版社/メーカー: 株式会社共同通信社発売日: 1997/05メディア: 単行本 クリック: 14回この商品を含むブログ (19件) を見る 久々にバンコクにきたのに、約束時間までの空き時間が少し…

ミアシャイマー『なぜリーダーはウソを?』:うーん、あたりまえすぎて……

なぜリーダーはウソをつくのか - 国際政治で使われる5つの「戦略的なウソ」 (中公文庫)作者: ジョン・J.ミアシャイマー,奥山真司出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2017/12/22メディア: 文庫この商品を含むブログ (2件) を見る うーん。なぜミアシャイマ…

『人民元の興亡』:人民元をネタにした単なるゴシップ本。

人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢作者:桂子, 吉岡発売日: 2017/05/24メディア: 単行本 うーん、せっかくもらった本なのであまり悪く言いたくはないんだが、もう少し何とかならなかったんだろうか。いや、おもしろいところはあるんだが、それがゴ…

こんなろくでもない守護霊に憑依されても、あんな立派な学者になれるんですね!

一応さあ、ピケティの関連本は一通りレビューしたいなとは思っててさあ、まあこの本もあることは知っていたんだけど、わざわざ定価で買って印税を一銭でも上納するなんて、霊的風紀維持法に違反するような気がするじゃない? だから古本で安く出回るまで我慢…

Amazon救済 2012年分

ペルッツ『夜毎の……』かすかにふれあう運命の静謐さ。 2012/8/31 斉藤他『地震リスク』: 耐震性の高い住宅づくりや保険加入を行動経済学から実証分析, 2012/4/6 Nathan『Sybil Exposed』: 多重人格を流行らせた「シビル」の虚構を同情的に暴く本, 2012/4/4 …

Amazon救済 2011年分 3: ケインズ関連書

安易な人物像や哲学談義に流れ、経済学者としての評価から逃げた本, 2011/10/15 主張は単純で、ケインズの一般理論にはすでにミクロ的基礎があったというもの。, 2012/4/4 2008年刊とは思えぬ古くさい訳、また訳者によるまちがった改ざん多すぎ, 2011/9/7 現…

Amazon救済 2011年分 2

あれこれたとえ話を読むより、自分で導出して相対性理論を理解しよう!, 2011/9/1 最近の話ばかりで、どれも知ってることばかり。多少の興味はプライベート話ばかりだが……, 2011/11/2 基本的な主張に独自性はなく、通俗的な消費文明批判につなげる我田引水に…

Amazon救済 2011年分 1

バルト『モードの体系』: 体系そのものの記述は途中で終わっており、静的な記述と事例に依存。でも試みは今も興味深い。, 2011/5/31 中身は各種陰謀論やインチキ科学の網羅的紹介だが翻訳が最悪, 2011/5/13 しょせん、彼女の理論が果てしない言い換えに過ぎ…

Amazon救済 2010年分 4

温暖化対策は排出削減以外にもあるし、そのほうが効果も高い!, 2010/11/22 歴史的資料としてはおもしろいが、スターリンが実践して失敗した内容であることには留意すべき。, 2010/10/26 自伝前半、楽しく血湧き肉踊る革命家立志伝編。訳は直訳でお固め。, 2…

Amazon救済 2010年分 3: 虹色のトロツキー

満州にトロツキーがいたら…, 2010/7/20 建国大学を捨てて、また戻るまでの葛藤記。越沢明の解説が秀逸。, 2010/7/20 ハルビンで拉致、そして馬賊へ, 2010/7/20 オールスターキャストにしようとして少し苦しい巻, 2010/7/20 トロツキーの話がまた少し進展する…